松岡修造

松岡修造


■松岡修造(まつおか しゅうぞう)

 

□肩書き

 テニス選手(97年引退)

 スポーツキャスター タレント

 

□本名

 松岡修造

 

□生年

 1967(昭和42)11.06(蠍座/AB型)

 

□出身地

 東京都千代田区永田町

 

□出身校

 慶応幼稚舎 

 慶応中学校 

 慶応高校→柳川高校中退 

   パーマーアカデミー・ハイスクール卒業

 

□略歴

 92年(25歳)韓国オープン優勝(日本人男子シングルス初のツアー優勝)。

 95年(28歳)ウィンブルドンベスト8。

 00年(33歳)テレビ「くいしん坊!万才」出演。

 ※他の主な出演:

  テレビ「スポーツ王は俺だ!!」「報道ステーション」

  CM    「アサヒビール」「ファブリーズ」「日清麺職人」

 

□趣味

 食べること 映画観賞 ミュージカル観劇 麻雀

 

□特技

 英会話 速読

 

□サイズ

 188㎝ 80㎏

 

□特記事項

・長女は稀惺かずと

・ウィンブルドンベスト8

■松岡修造

 

□幼少時代〜

・父親は東宝社長。

・母親は元宝塚女優の千波静。

・曾祖父は東宝グ ループの創始者・小林一三。

・兄がいる。

・2歳から始めた水泳でトップレベルだった。

 目立ちたがり屋だったので水の中を泳ぐのには満足できなくてテニスに転向した。

・小5の時、本格的にテニスをはじめた。

・中学時代、朝から晩までテニス漬けの生活で、学校行事にも参加しなかった。

・中学時代、父親に「もうテニスには金を出さない」と言われたが、

 家の皿洗いを手伝う事を条件に続けさせて貰った。

・父親も元テニス選手(デビスカップ代表)。

・中学時代は太っていた(164㎝74㎏)。

・高1の時、麻雀にハマって2ヵ月間ラケットを握らなかった。

・高1の時、自らの意志でテニスの名門・柳川高校へ転校。

 8畳間に4人が寝る寮生活でテニス漬けの生活を送った。

・高校時代、朝は6:00から放課後は夜中0:00までテニス部の練習があった。

 練習の途中でこっそり部屋に戻って隠しておいた飲み物を飲んだ。

   テニスウェアのまま寝てしまった事があった。

・高校時代、食堂の食事だけでは足りない時は出前を取った。

・高校時代、身長が164㎝から182㎝まで伸びた。

・高校時代、インターハイで3冠王。


■松岡修造

 

□私生活

・好物…吉野家の牛丼。蜂の子どんぶり。フナ寿司。

   ビーフカレー。ココナッツカレー。ラーメン。

   ホルモン鍋。フライドチキン(特に皮が好き)。アイスバイン。

   ウニ。キャビア。焼ホヤ。イカの塩辛。ソムタム。

   「千疋屋」のバナナ。とらやの羊羹。ファーストフード。

・嫌いな食べ物…湯葉(アレルギー)。山羊のチーズ。ドリアン。

・りんごアレルギーだったが食べ続けて克服した。

・食べる事にこだわりがある。

   初めてのレストランに入った時は店内を一周して他の客が何を食べているかチェック。

   一番おいしい状態で食べたいので料理が運ばれてきた時に話しかけられると怒る。

   初めて行くレストランは店内を一周してチェックして駄目そうな時は食べずに出る。

   おしゃべりしながら2時間かけて食事をする。

   自宅で食べる時は妻にに品数をたくさん作って貰う。

   食べ物をおいしく食べる呼吸法を体得した。

・扁平足。

・動体視力を鍛える為に速読を練習した。

・ホラー映画が大の苦手。

・歯医者が大の苦手。

・ボーッとする事が苦手。暇さえあれば映画やミュージカルを観る。

 映画やミュージカルは集中して見たいのでひとりで観るのが好き。

 観ている最中に話しかけると怒る。

・好きな映画…「もののけ姫」(読解本買って何度も観た)。「スターウォーズ」シリーズ。

・好きな歌…「みちのく一人旅」。

・オレンジ色が好き。洋服、ラケット、家具などオレンジで統一。

 妻にもできるだけオレンジの服を着て貰う。

・高校時代から毎日日記をつけている。食べたものなど1日の行動を詳しく書く。

 殴り書きに近いので後で自分で読み返して何を書いてあるかわからない事がある。

・神宮外苑で一般の人に混じって壁打ちテニスをする。

 早朝人がいない時は端から端まで走りながらやる。妻と一緒ににやる事がある。

・ハマるのが怖いのでゴルフはやらないようにしている。

・ディズニーランドが大好き。

・運動会で後ろの方を走っている他の子を全力で応援する。

・たまに麻雀をやる時は18時間打ち続ける。

・宝塚が大好き。母親、叔母、従姉妹が宝塚女優。

・カラオケが好き。ひとりで行く事がある。

・座右の銘…一所懸命。

・映画を観ている時に話しかけられるのが大嫌い。

・21歳の時に女性と初交際。

・結婚式の引出物はテニスラケット。

・結婚して新居を探す時の第一条件は「実家に近い事」だった。

・長女が産まれる前、胎教としてテニスの壁打ちの音を聞かせていた。

 テニスウェアを着て長女の出産に立ち合って大声で応援した。

・妻の誕生日に「何でも買ってあげる券」「何でも許してあげる券」をプレゼントする。

・妻から「パパ」と呼ばれるのが嫌い。

・仕事場に妻が作ってくれるおにぎりを持って行く。

・妻を相手にテニスをする時に本気でやってしまう。


■松岡修造

 

□人間関係

・伊達公子…友人。本音で話せる仲。

 フェド杯のドイツ戦(伊達が当時ランク1位のグラフに初めて勝った試合)で

   大きな日の丸を振って応援した(伊達のマッチポントでスマッシュを打つ瞬間に

 松岡の「行け!」という大声に気が散ってミスしたらしい=96.04.28、有明コロシアム)。

・佐藤直子…友人。

・田中ちなみ…従姉妹。女優。

・瀬戸大也…遠い親戚。

・渡辺文雄、竜崎勝、友竹正則、宍戸錠、川津祐介、梅宮辰夫、

 辰巳琢郎、山下真司、宍戸開、松岡修造

 …テレビ「くいしん坊! 万才」の歴代リポーター(出演順)。

・松岡シュウゾウ…松岡修造のモノマネをする。

・とんねるず…憧れている芸能人。

 ラジオ「とんねるずのオールナイトニッポン」を聴いていた。

・ボブ・ブレッド…テニスの恩師。

 ボブに出会って本格的に世界を目指すようになった。

 ジュニアの育成教室にゲストとして来て貰う。

・錦織圭…小学生だった錦織をキャンプで徹底的に指導した。

 08年に松岡以来のツアー優勝。

・福井烈…相談相手。

・甘露寺重房…幼稚園からの幼馴染み。テニスのライバル。

 子供の頃に甘露寺の自宅の庭でテニスを練習。

 ※「A-Studio」に写真出演(=23年4月21日放送分)

・沢口靖子…交際を噂された。

・田口恵美子…97.12.26結婚。98.04.19日枝神社で挙式。

・子供:

 長女…稀惺かずと(本名・恵)。99.05.22誕生。宝塚女優。出産に立ち会った。

 長男…修(しゅう)。03.09.12誕生。出産に立ち合った。

 次女…笑美(えみ)。05年誕生。出産に立ち合った。


■松岡修造

 

□エピソードなど

・高校を中退してアメリカにテニス留学。

・19歳の時にプロ転向。

・プロ1年目の時は年間の経費が300万円。

   汚いホテルのシングルルームを他の選手とシェアなど節約に節約を重ねて世界中を転戦した。

・英語を覚える為に現地の英会話学校に入って3ヵ月間一切日本語に触れない生活を送った。

・全豪オープンに出場(4大大会初出場=88年)。

・海外遠征にテニスのバイブルとしてマンガ「エースをねらえ!」を持参。

 試合場にも1冊持って行った。

 「この一球は絶対無二の一球なり」という台詞を現役中大事な場面で大声で叫んだ。

・現役時代、日本にいるのは年間2ヵ月だった。

・両膝の故障(80年手術)、右足首靭帯断裂、伝染性単核球症などの故障・病気に悩まされた。

・発熱を押して出場した試合で世界5位サンプラスに勝利(=91年カナディアン・オープン)。

・95年ウィンブルドンで日本人男子選手として62年ぶりにベスト8。

 ベスト8に入るゲームを勝った瞬間に嬉しさのあまりコートを走り廻って大の字になった。

 大の字になった時に尾てい骨を打って、次の試合は痛み止めを飲んで戦った。

・95年ウィンブルドンの試合中に痛めた膝をかばって脚が痙攣して痛みで絶叫、

 それがきっかけでルール改正で試合中の治療が可能になった。

・日本人男子初の100万ドルプレイヤーになる(=96年)。

・日本ランキング1位を368週キープ(=90年〜97年)。

・現役時代のATP世界ランキングの最高位はシングルス46位、ダブルス95位。

 当時は「日本人男子選手が100位以内に入るのは無理」と言われていた。

・父親からの金銭的援助は一切うけずにやってきた。

・マクドナルドで3000円分食べた事がある。

・雑誌「CanCam」に連載。

・長野五輪聖火ランナーを務めた。

・12歳以下の選手を鍛えるテニス合宿「修造チャレンジ」を毎年開催。

 テニスだけでなく社会的なルールなども厳しく愛情を持って教える。

・子供にテニスを教える時は自分が子供に戻ってしまう。

 子供相手でも負けると悔しいので本気でやる。

・テレビ番組に出る時はとても緊張する。

 本番10秒前になると手が冷たくなる。

・天然と思われる事が多いが実は計算している。

 バラエティ番組に出演する時は求められるキャラを考えて自分なりに計算してふるまう。

・「くいしん坊! 万才」は自然なリアクションができるように台本を読まずに収録に挑む。

・ネガティブなメンタルを様々な方法で改善した。

・ビデオ「Let's Enjoy Tennis」出演(=99年)。

・9.11の前日に崩壊したビルの最上階でニューヨークの景観を眺めていた(=01年)。

 「くいしん坊! 万才」のロケをビルの周辺でやっていた。

・日本テレビの番組リポーターとして長島一茂とともにソルトレーク五輪を熱血応援。

 一茂の台詞も書いた台本を自分で用意した。

 スケルトンを応援する姿が国際映像のカメラに捕えられた。

 現地に滞在中、気圧と低い湿度と興奮のしすぎで鼻血が止まらなくなった。

・テレビ番組に自分から企画をどんどん出す。

・ドラマ「エースをねらえ!」に本人役で出演(=04年)。

・自宅を「情報ツウ」で公開(=04年11月19日放送分)。

・著書「僕はこう思うんだ 修造流スポーツ教育激論」出版(双葉社=04年)。

・アニメ「クレヨンしんちゃん」に本人役で出演(=15年)。

※凡例 20.01現在=2020年1月現在