南佳孝

南佳孝


■南佳孝(みなみ よしたか)

 

□肩書き

 歌手

 

□生年

 1950(昭和25)01.09(山羊座)

 

□出身地

 東京都大田区

 

□出身校

 明治学院大学

 

□略歴(満年齢)

 73年(23歳)アルバム「摩天楼のヒロイン」でレコードデビュー。

 79年(29歳)シングル「モンロー・ウォーク」がヒット。

 81年(31歳)シングル「スローなブギにしてくれ」がヒット。

 ※他の主なシングル:

  「ビート」「スタンダード・ナンバー」「GIRL」

 ※主な出演:

  テレビ「徹子の部屋」

 

□趣味

 フルート 油絵 庭造り 旅行 テニス サーフィン

■南佳孝

 

□幼少時代〜

・兄と姉がいる。

・小5の頃から兄と姉の影響でスタンダードナンバーやポップスに親しんだ。

・中学時代、洋楽の歌詞を理解できた事をきっかけに英語が好きになった。

・中学時代、バンドを結成。

 じゃんけんに負けてドラムを担当したらしい。

・高校時代、バンドでエレキギターを担当。英語の曲を作っていた。

 当時流行していた叙情的なフォークが大嫌いだった。

・大学時代、ジャズに傾倒。

 

□私生活

・顔の彫りが深い。

 ニューヨークのタクシー運転手にインディアン(ナホバ族)と思われた事がある。

・MaCのパソコンを愛用。自宅にサーバーがある。

 89年発売のMacintosh SE/30を所有(当時の販売価格は748000円)。

・ペット…金魚。

・住んでいる所…神奈川県茅ヶ崎市(賃貸の一軒家=07.10現在)。

・いきつけ…うなぎ「つるや」(鎌倉市)。喫茶店「鴎林洞」(鎌倉市)。

・家庭菜園でピーマン、ズッキーニを栽培。

・蓮の花が大好き。

・40歳を過ぎてからフルートを習った。

・陶芸でおちょこ、灰皿、茶碗などを作った事がある。

・カメラが好き。デジタル一眼レフカメラを愛用。

 コンパクトデジカメを持ち歩く。デジカメを何台も買い替えた。

・自転車(ロードバイク)を愛用。

・40代の時に世界各国を旅した。

・インドにひとり旅をして衝撃的なカルチャーショックを受けた(=89年)。

・人間観察が好き。


■南佳孝

 

□人間関係

・松本隆…友人。デビューアルバム「摩天楼のヒロイン」のプロデューサー。

・鈴木茂…若い頃からの音楽仲間。

・坂本龍一…若い頃の音楽仲間。

 曲ができる度に坂本に聞かせて評価して貰っていた。

・杉山清貴…アルバムを共作、ライブで共演。

・沢田知可子…南のイベントにゲスト出演。

・来生えつこ…南のアルバム「South Of The Border」で作詞を担当(=78年)。

・Y.M.O.…コラボアルバム「Montage」をリリース(=80年)。

・郷ひろみ…南の「モンロー・ウォーク」をカバー(「セクシー・ユー」=80年)。

・中森明菜…アルバム「歌姫3」で南の「スローなブギにしてくれ」をカバー(=03年)。

・薬師丸ひろ子…南の「スタンダード・ナンバー」をカバー(「メイン・テーマ」=84年)。

・沢田研二、石川セリ、内田有紀、国生さゆり、高橋真梨子、松田聖子…楽曲を提供。

・前妻…?年結婚、?年離婚。

■南佳孝

 

□エピソードなど

・大学在学中にシンガーソングライターとしての創作活動を始めた。

・フジテレビ「リブ・ヤング」のシンガーソングライターコンテストで3位(=72年)。

・デビューアルバム「摩天楼のヒロイン」は「幻の名盤」として評判が高い。

・映画「スローなブギにしてくれ」の音楽を担当(=81年)。 

 シングル「スローなブギにしてくれ」は映画「スローなブギにしてくれ」の主題歌。

・1980年代は3〜4ヵ月かけて曲を書いて1ヵ月レコーディングしてアルバムをリリース、

 その後ツアーというパターンを毎年繰り返していた。

 神経やアンテナを常にビンビンに張っていて自分で振り返っても生意気な人間だった。

・テレビ番組の企画で音楽の源流を求めてクルマでユーラシア大陸を横断(=91年)

 ソ連(当時)のナホトカからトルコのイスタンブールまで18000㎞を3ヵ月で走破。

 ゴビ砂漠で遭難しかけてアルバムを出せない悩みがふっきれた。

 ※当時の音楽的状況とのミスマッチでアルバムを出せない時期だった

・全編ブラジル音楽のミニアルバム「Festa de Verao」をリリース(=96年)。

・茅ヶ崎海岸でサンバパーティー「太陽のメロディ」を開催(=96年)。

・ジャズのスタンダードナンバーのカバーアルバム「NUDE VOICE」をリリース(=01年)。

・自宅を「メレンゲの気持ち」(=07年10月27日放送分)。

・他のアーティストへの提供作品数は100曲以上。

・同世代の人に聞いて貰いたいという気持ちで曲を作る。

・数年に1度作り貯めた全ての曲を聞き直して残す曲と捨てる曲を決める。

・自分の最大の音楽的資質はジャズやラテンのリリカルさである事を50歳を過ぎて自覚した。

・湘南でビーチクリーンライブを開催。

凡例:18.01現在=2018年1月現在