千代の富士貢

千代の富士貢

■千代の富士貢(ちよのふじ みつぐ)

 

□肩書き

 大相撲力士(第58代横綱)※91年引退

 大相撲年寄 

 

□本名

 秋元貢

 

□年寄名

 陣幕→九重

 

□生年

 1955(昭和30)06.01(双子座/A型)

 

□没年

 2016(平成28)07.31(享年61)すい臓がん

 

□出身地

 北海道松前郡福島町

 

□出身校

 明治大学附属中野高校中退

 

□略歴(満年齢)

 70年(15歳)9月場所で初土俵。

 75年(20歳)9月場所で新入幕。

 81年(26歳)1月場所で初優勝、場所後に大関に昇進。7月場所後に第58代横綱に昇進。

 ※通算成績:

  1045勝437敗159休、優勝31回、殊勲賞1回、敢闘賞1回、技能賞5回

 ※主な出演:

  テレビ「笑っていいとも!」

 

□趣味

 テレビゲーム 陶芸 ゴルフ 

 

□サイズ

 183㎝

 

□特記事項

・次女は秋元梢

・第58代横綱

・53連勝

・史上初の通算1000勝

・優勝回数31回(歴代3位)

■千代の富士貢

 

□幼少時代〜

・父親は漁師。

・長男。姉がいる。

・父親は身体が弱かった。

・子供の頃から父親を手伝って力仕事をして足腰が自然に鍛えられた。

・中学時代、陸上部。

   走り高跳び、三段跳びで地方大会優勝。オリンピック出場を夢見ていた。

・中1の時、盲腸炎の手術を受けた。

・中3の時、身長が177㎝あった。

 

□私生活

・好物…コーヒー。

・若い頃は1日40本のヘビースモーカーだったが初代貴ノ花のアドバイスで禁煙した。

 禁煙の決意表明で50万円のダンヒルのライターを隅田川に投げ捨てた。

・膵臓がんの手術を受けた(=15年)。

・盲腸の手術を受けた時に麻酔が効かなかったが痛みに耐えた。

・数独が好き。

・住んでいる所…東京都墨田区石原(=99.05現在)。

・いきつけ…焼鳥「とり喜」(錦糸町=13.09現在)。

・カラオケの十八番…石原裕次郎。

・カナダにオーロラを見に行った事がある。

・初対面の人に「どうも朝青龍です」とギャグを言う。

・普段は優しいが怒るととても恐いらしい。

・本場所中にこっそり子供の授業参観に行った事がある。

・三女・愛が乳幼児突然死症候群で生後3ヵ月で他界(=89年)。

・毎年家族でクリスマスに食事会をしてプレゼント交換をする。

■千代の富士貢

 

□人間関係

・松山千春…親友。20代半ばの頃からの仲。「貢(みつぐ)」と呼ばれる。

・江川卓、郷ひろみ、具志堅用高、千代の富士、中野浩一、中村勘三郎、松山千春

 …昭和30年会のメンバー。

・なべやかん…現役時代の千代の富士の大ファン。

 21回目の優勝以降の全取り組みをビデオ保存。断髪式に出席。

・大島美幸(森三中)、檀ふみ…九重親方のファン。

・琴風豪規…場所直前まで何番も稽古をして互いに自分の調子を確認した。

・貴乃花光司…引退した91年夏場所で初対戦して当時18歳の貴乃花に負けた。

・千代大海龍二…九重部屋の弟子。千代の富士のファンだった。

・朝青龍明徳、高見盛精彦…千代の富士を力士としての目標にしている。

・栃東大祐…子供の頃から千代の富士が大好きだった。

   栃東が大関になった時にアドバイスをしてあげた。

・舞の海秀平…千代の富士のファンだった。

 中学校の通学カバンに書体を真似て「千代の富士」と書いていた。

・安田忠夫…元・孝乃富士、プロレスラー。九重部屋の後輩。

 千代の富士の土俵入りの時に太刀持ちをやった事がある。

・北の富士勝昭…元横綱。入門当時の九重部屋の先輩。

 入門当時からかわいがって貰っていて兄弟のような仲。

・藤井先生…恩人。北の富士勝昭の親友。藤井先生の指導で身体作りをして脱臼癖を治した。

 肉体面だけでなく精神的なケアもして貰った。

・進藤久美子…元モデル。82.09.30ホテルニューオータニで結婚。

・子供:

 長女…優。83.07.19誕生。

 長男…剛。86.05.23誕生。

 次女…秋元梢。87.07.27誕生。モデル。

■千代の富士貢

 

□エピソードなど

・「飛行機に乗せて東京に連れて行ってあげる」という言葉に誘われて入門を決意した

(「飛行機に乗って東京へ行ってすぐやめて帰ってくればいい」と思ってOKした)。

・中学卒業後に相撲を辞めて帰郷するつもりで荷物を実家に送ったが親方に引き留められた。

・史上初の5文字の名前の関取。

・強引に投げを打つ取り口のために10回以上左肩を脱臼した。

 脱臼癖をなくすために1日500〜1000回の腕立て伏せで肩に筋肉をつけた。

 当時の角界は筋トレを行う事に対して否定的だった。

・初代貴ノ花が引退した81年1月場所で初優勝。

・関脇、大関、横綱の番付で優勝(=81年)。

・相手の頭を押さえ付けて決める上手投げは「ウルフスペシャル」と呼ばれた。

・現役時代の体重は123㎏(当時の幕内平均体重より約20㎏軽かった)。

・幕内優勝決定戦を6戦全勝。

・相撲界初の国民栄誉賞を受賞(=89年)。

・史上初の同部屋横綱同士の優勝決定戦に勝利(vs北勝海=95年名古屋場所)。

・夏場所から九州場所にかけて53連勝(=88年)。

・史上初の通算1000勝を達成。

・引退会見で「体力の限界。気力もなくなり引退する事になりました」とコメント。

・引退時に協会から一代年寄「千代の富士」を贈られたが親方と相談して辞退した。

・シングル「絆」をリリース。

・著書…「不撓不屈」「ウルフと呼ばれた男」「負けてたまるか」。

※凡例 20.01現在=2020年1月現在