高津臣吾

高津臣吾


■高津臣吾(たかつ しんご)

 

□肩書き

 プロ野球選手(12年引退)

 プロ野球指導者

 

□本名

 高津臣吾

 

□生年

 1968(昭和43)11.25(射手座/A型)

 

□出身地

 広島県広島市南区

 

□出身校

 広島市立段原中学校 県立広島工業高校 亜細亜大学

 

□略歴(満年齢)

 91年(23歳)ドラフト3位でヤクルトスワローズに入団。

   04年(36歳)FAでシカゴホワイトソックスに移籍。

 12年(44歳)現役引退。

 ※入団、移籍、引退は野球シーズン年度

 ※他の主な在籍チーム:

  メッツ(05年)興農ブルズ(10年)新潟アルビレックス(11年〜12年)

 ※通算成績:

      日 598試合、36勝46敗286S8H、防御率3.20、591奪三振(独立リーグを除く)

      米   99試合、8勝6敗27S8H、防御率3.38、88奪三振

 ※主なタイトル・表彰:

  最優秀救援投手4回

 ※主な出演:

  テレビ「情報ライブ ミヤネ屋」「すぽると!」「ウチくる!?」

 

□趣味

 ドラマ観賞 テレビゲーム 将棋 ゴルフ 

 

□特技

 手品

 

□サイズ

 183㎝


■高津臣吾

 

□幼少時代〜

・小学校時代、広島カープの大ファンだった。

・高3の時、野手兼控え投手として春夏連続で甲子園に出場。

 投手としての登板機会はなかった。

 

□私生活

・好物…カレーライス。オムライス(大好物)。

 煎餅。「新・平家物語」(広島の銘菓)。和食。

・嫌いな食べ物…トマト。ナス。パクチー。

・カキフライに当たった事がある。

・好きなドラマ…「冬のソナタ」。

・地図を見るの好き。

・マッチ棒を使う手品はプロ級の腕前。

・住んでいる所…東京都港区麻布十番(マンション=02.01現在)。

・いきつけ…

 日本料理「あら喜」(港区南麻布、家族で行く)。

 居酒屋「鶏味座」(渋谷区神宮前)。

・カラオケの十八番…クリスタルキング「大都会」。

・2ヵ月で40ラウンド以上ゴルフをした事がある。

・毎年ハワイに家族旅行に行く。


■高津臣吾

 

□人間関係

・石井一久&木佐彩子…家族ぐるみのつきあい。

 毎年オフにハワイ旅行。石井はゴルフ仲間。

・長谷川滋利…親友。ゴルフ仲間。同年齢。

 日米大学野球のメンバーに選ばれて以来の仲。

 オフに一緒に自主トレ。

・古田敦也&中井美穂…仲人。家族ぐるみのつきあい。

 毎年オフにハワイ旅行。古田はゴルフ仲間。

 メジャーのテストを受けた時に古田にキャッチャーをやって貰った。

・中村橋之助&三田寛子…家族ぐるみのつきあい。子供が同じ幼稚園。

・松井秀喜…プロ初セーブを挙げた試合で松井に本塁打を打たれた(松井のプロ第1号)。

 メジャーで初対戦したバッターが松井(ヒットを打たれた)。 

・野村克也…ヤクルト時代の恩師。

・山本浩二…子供の頃に憧れていた。

・張本勲…広島市立段原中学校の先輩。

・新井貴浩…県立広島工業高校の先輩。

・阿波野秀幸、入来祐作、木佐貫洋、パンチ佐藤、藤本敦士、与田剛…亜細亜大学出身の

 プロ野球選手(藤本は中退)。

・上田俊治…高校の野球部の同級生(上田がエース)。小学校時代からの知り合い。

 ※「ウチくる!?」に出演(=07年1月7日放送分)

・小池秀郎…大学の野球部の同級生(小池がエース)。

・水戸重之…弁護士。代理人。

・真紀…スチュワーデス。?年結婚。古田の結婚式の2次会で知り合った。

・子供:

 長男…大嗣。3歳(=02.01現在)。 

 次男…翔太。02.01.01誕生。


■高津臣吾

 

□エピソードなど

・右投げ右打ち。

・アンダー気味のサイドスロー。

・広島出身で広島カープの大ファンだったのでできれば広島カープに入りたかった。

・ドラフト指名されなかったら実家に帰って就職するつもりで内定を貰っていた。

・松井秀喜と初対戦の時、松井が内角高めの速球を打てるのか確かめる為に、

 同じ球を続けて投げて本塁打を打たれた(野村監督の指示)。

・抑え投手に転向して20セーブを挙げてセリーグ優勝に貢献、

 球団15年ぶりの日本一を決めた試合で胴上げ投手(=93年)。

・オールスター第2戦でイチロー登板に際して代打で登場(=96年)。

・雑誌「プロ野球ai」の人気投票で2年2ヵ月連続1位(歴代最長)。

・CD「負けず嫌いなLOVE SONG」をリリース。

・決め球はシンカー。

 110㎞/h台の速いシンカーと100㎞/h台の遅いシンカーの2種類を投げわける。

・日本シリーズに4回出場して4回優勝(=93年、95年、97年、01年)。

・日本シリーズ11試合に登板して無失点。

 93年第2戦から95年第5戦まで6試合連続セーブ。

・本業以外のマネジメントを吉本興業スポーツ部が担当。

・メジャー挑戦1年目、家族を日本において単身赴任して食事は殆ど外食で済ませた。

・入団テストを受けてヤクルトスワローズに復帰。

・得点圏にランナーを背負いながら粘って後続を抑える(「高津劇場」と呼ばれる)。

・著書「ナンバー2の男」出版(ぴあ=04年)。

・佐々木主浩に次ぐ史上2人目の日米通算300セーブ(=06年)。

・独立リーグ・新潟アルビレックスBCの選手兼任監督(=12年)。

凡例:19.01現在=2019年1月現在