長渕剛

長渕剛


■長渕剛(ながぶち つよし)

 

□肩書き

 歌手 俳優

 

□本名

 長渕剛

 

□生年

 1956(昭和31)09.07(乙女座/A型)

 

□出身地

 鹿児島県鹿児島市

 

□出身校

 鹿児島市立中郡小学校 

   鹿児島市立甲南中学校 

   鹿児島県立鹿児島南高校情報処理科

 九州産業大学芸術学部中退

 

□略歴(満年齢)

 78年(22歳)「巡恋歌」で再デビュー。

 80年(24歳)「順子」がヒット。

 88年(32歳)ドラマ「とんぼ」主演。

 ※他の主なシングル:

  「GOOD BYE青春」「ろくなもんじゃねえ」「乾杯」

 ※他の主な出演:

  映画 「男はつらいよ 幸福の青い鳥」「オルゴール」「ウォータームーン」

  ドラマ「家族ゲーム」「しゃぼん玉」「ボディガード」

  ラジオ「オールナイトニッポン」

 

□特技

 料理 絵画

 

□特記事項

・元妻は石野真子

・妻は志穂美悦子

・長女は長渕文音

・次男は長渕蓮

■長渕剛


□幼少時代〜

・父親は警察官。

・5歳年上の姉がいる。

・3歳の時、父親が首吊り自殺を図った現場を目撃。

・3歳の時、近所の女の子に初恋。

・家は裕福ではなかった。父親は昇格試験に落ち続けて出世できなかった。

 大雪が降ると水を節約する為に洗面器に雪を詰めて七輪の火で溶かして使った。

・両親はよく激しい夫婦喧嘩をしていた。

 父親に殴られて母親が肋骨を骨折した事があった。

・歌が好きだった母親がよく近所の山でいろいろな童謡を歌ってくれた。

・習いごと…習字。絵。そろばん。

・小学校時代、小児喘息を患っていて虚弱体質だった。体育の時間は見学が多かった。

・小学校時代、よく通信簿に「落ちつきがない」と書かれた。

・小学校時代、好きな女の子によくラブレターを書いた。好きな女の子は毎年変わった。

・中学時代、バスケットボール部。3年間カルピス係を務めた。選手にはなれなかった。

・中学時代、友達の代読でラブレターを書いた。

・中1の時、水泳大会で痩せた身体を笑われて強い肉体的コンプレックスを持つようになった。

・中2の時、ギターを始めた。最初に買ったギターの値段は3000円。

・高校時代、彼女と交換日記をしていた。

・将来医者か警察官になりたいと思っていた。


■長渕剛

 

□私生活

・好物…ソフトクリーム(大好物)。

・食事は素材から調理法までこだわる。九州名産のアゴだしを愛用。

・健康法…ウェートトレーニング、ストレッチ(毎日)。

・60歳を過ぎても激しいステージができるように40歳頃からトレーニングをはじめた。

   自宅に本格的なトレーニングルームがある(トレーニングマシン多数)。

・仕事や私生活のストレスによる心臓神経症で倒れた(30歳の時)。

・右上肢蜂巣炎で緊急入院(映画「英二」の舞台挨拶及び全国ツアーを中止=90年)。

・急性腎盂腎炎で緊急搬送されて緊急入院(=19年12月)。

 ※主演映画「太陽の家」の完成披露試写会を欠席

・喉の痛み、高熱、嘔吐などの症状が現れる溶連菌感染症で何度か倒れた。

・胃粘膜障害、食道痙攣、不整脈を患った(コンサートを延期=13年)。

・早朝に起きる。

・好きなテレビ番組…「アニマルプラネット」(ライオンが好き)。

・ペット…

   犬(ホワイトスイスシェパード、8歳以上、名前はレオ=13.12現在)。

 鳥(アオボウシインコ=03.06現在)。

・自分でクルマを運転して移動する。

・原宿でよく買物をする。

・コンビニ、TSUTAYAを利用する。

・迷った時はへとへとになるまで走って汗をかく。

・座右の銘…剛毅木訥仁に近し。

・せっかちな性格。待つのが嫌い。

 気にいったモノに在庫がないと自分で問屋まで買いに行く。

・メールで絵文字をよく使う。

・家族にメールや手紙をよく出す。

・父親は原発不明がんで他界(享年77=06年)。

・母親は若年性アルツハイマー型認知症を患った(=00年他界)。

・クールな人間が嫌い。会議で発言しない人がいると説教する。

・よく自宅に友人が遊びに来る。

・自宅リビングの壁に子供に好きな絵を描かせた。


■長渕剛

 

□人間関係

・湯川れい子…家族ぐるみのつきあい。家が近所。

・朝青龍明徳…友人。メル友。カラオケで長渕の曲を歌う。

・清原和博…友人。弟分。一緒に食事、酒、トレーニング。長渕のファン。

 自宅の壁に長渕直筆の「まだ9回の裏じゃねえ」という色紙を飾っていた。

 打てない時に長渕の歌を何度も何度も聞いた。

 打席に入る時のテーマソングとして長渕の「とんぼ」を使用。

 長渕の母親の告別式に出席した日の試合でホームラン(=00年)。

・冨永愛…友人。長渕の自宅にあるマシンでトレーニングをする。

・吉田拓郎…石野真子と結婚した時に浅田美代子と一緒に立会人を務めてくれた。

 吉田から音楽的に影響を受けた。

・哀川翔…長渕の指名でドラマ「とんぼ」で共演。

・南こうせつ…兄貴分。78年にこうせつのツアーの前座を務めた。

 こうせつのコンサートにサプライズ出演(=19年)。

・AI…コラボ曲「しゃくなげ色の空」をリリース(=20年)。

・森進一…森のシングル「狼たちの遠吠え」を作詞作曲(=03年)。

・秋元康…長渕の「GOOD-BYE青春」を作詞。

・桑田佳祐…桑田の「全ての歌に懺悔しな」の歌詞中の長渕を批判したと見られる部分に

 長渕がかみついて論争になった(=94年)。

・ポカスカジャン…長渕剛のモノマネをする(「ドラえもんじゃねぇ」)。

・モト冬樹…長渕のモノマネをする。

・Something ELse…路上ライブをやっていた時に長渕の歌を歌っていた。

・井上陽水、長渕剛、チューリップ、海援隊、甲斐バンド、CHAGE and ASKA

 …ライブハウス「照和」に出演していた歌手。

・若島津六男(元大関若)、恵俊彰…同じ中学校出身。

・上田晋也…長渕の大ファン。カラオケで歌う。

 高校時代にコンサートで長渕が投げたハーモニカを客席でキャッチした。 

・勝俣州和…長渕の大ファン。友人と一緒に長渕の生まれ故郷に行った事がある。

 好きな女の子には腕枕で自作の長渕剛風のラブソングを歌う。

・藤原竜也…昔から長渕の大ファン。カラオケで歌う。コンサートに行く。

・長江健次…長渕のファン。長江が自宅に遊びに来た時に曲を作ってあげた。

・渡哲也…長渕のファン。カラオケで「とんぼ」をよく歌う。

・椎名法子…小学校時代から長渕の大ファン。モノマネができる。

・井ノ原快彦、板尾創路、蔵野孝洋、後藤輝基、さがね正裕、滝沢秀明、つんく♂、

 東国原英夫、三又忠久、安美錦竜児、入来祐作、…長渕のファン。

・矢沢永吉…ミュージシャンとして尊敬している。

・清水美砂…交際を噂された(=91年)。

・国生さゆり…ドラマ「しゃぼん玉」の共演をきっかけに不倫交際。

 交際中に志穂美悦子を交えて3人で何度も話し合った。

   ドラマ「しゃぼん玉」の大胆なラブシーンが話題になった

    (バストわしづかみ、パンティの中に手、顔に塗ったマヨネーズなめまわしetc.)。

   長渕が覚醒剤取締法違反で逮捕された時に共犯容疑で家宅捜索され尿検査を受けた。

・冨永愛…交際を噂された(=15年)。

・石野真子…82.01.15ロサンゼルスの教会で挙式、83年5月離婚。

 DJを務めていたラジオ番組に石野がゲスト出演して知り合いった。

 交際2週間でプロポーズ。

・志穂美悦子…女優。87年8月結婚。1歳年上。

   結婚当初によく殴り合いのケンカをした。

 夫婦喧嘩で志穂美の回し蹴りが首にヒットした事があったらしい。

・子供:

 長女…文音。88.03.17誕生。女優。

 長男…航。中2(=03.03現在)。

 次男…長渕蓮。18歳(=12.03現在)。カーレーサー。


■長渕剛

 

□エピソードなど

・大学入学と同時にライブ活動を始めた。

・福岡のライブハウス・照和に3年間出演。

   照和のギャラ(1日1600円)では食えなかったので飲み屋街で弾き語りをした。 

 客がひとりしかいなかった事があった。

・第15回ポプコングランプリ(=76年)。

・長渕剛(ながぶち ごう)でシングル「雨の嵐山」でデビュー(=77年)。

 全く売れず、半年で九州に戻った。

・再デビュー当時、12万円の給料の半分を両親に仕送りしていた。

・初の日本武道館コンサート(=82年)。

・「乾杯」は結婚式で歌われる歌として定着。

・自分の作品の悪い所を指摘されるのが好き。

・50枚つづりの原稿用紙に浮かんで来る言葉をモンブランの万年筆でどんどん書き、

 それがある程度たまってきたらそれを元に作詞作曲する。

 ワープロは感情の起伏が消えてしまうので嫌い。※90年現在

・若い頃は映画やドラマで演じていた役を私生活でも思いっきりひきずっていた。

・常に自分の意見をはっきり言うのでよくケンカになる。

・ライブの前にトレーニングやなわとびで汗をかく。

・紅白歌合戦初出場(=90年)。

 ベルリンからの生中継で「親しらず」「いつかの少年」「乾杯」を歌った。

 五木ひろしに「ひとりで17分は長いですよ」と批判された。

・東京ドームでギターとハーモニカだけの弾き語りLIVEを開催(=92年)。

・大麻取締法違反で逮捕(保留処分=95年)。

・詩画展「俺の太陽」を開催(=98年)。

 50㎏の筆を使って巨大な紙に描いた。

 売上の一部2000万円を阪神大震災の遺児に寄付。

・個人事務所オフィスレンを設立して社長に就任(=98年)。

・主演映画「英二」のアクション監督を務めた(=99年)。

・アメリカのテロを歌った「静かなるアフガン」の印税をアフガン復興の為に寄付(=01年)。

・韓国のファン200人を自費で公演に招待して交流パーティーを開催(=02年)。

 渡航費など200人分の費用約1500万円をすべて自腹で負担。

・ラジオ「オールナイトニッポンフライデー」に出演(=03年)。

・九州新幹線鹿児島ルートのシンボルマークをデザイン(=03年)。

・13年ぶりに紅白歌合戦に出場(=03年)。

・シングル総売上枚数1000万枚以上。

・アルバム12作品が初登場1位。

・母校・鹿児島南高校の卒業式でライブを行った(=04年)。

・鹿児島で開催した約9時間の野外オールナイトライブで7.5万人動員(=04年)。

・富士山麓で開催したオールナイトライブで10万人動員(=15年)。

凡例:20.01現在=2020年1月現在