野村克也

野村克也


■野村克也(のむら かつや)

 

□肩書き

 プロ野球選手(80年引退)

 プロ野球指導者

   プロ野球解説者 

 

□主な所属チーム

 南海ホークス(54年〜77年)※現役

 西武ライオンズ(79年〜80年)※現役

 ヤクルトスワローズ(90年〜98年)※監督

 阪神タイガース(99年〜01年)※監督

 楽天イーグルス(06年〜09年)※監督

 

□本名

 野村克也

 

□愛称

 ノムさん

 

□生年

 1935(昭和10)06.29(蟹座/B型)

 

□没年

 2020(令和02)02.11(享年84)虚血性心不全

 

□出身地

 京都府京丹後市網野町

 

□出身校

 京都府立峰山高校

 

□略歴(満年齢)

 54年(19歳)テスト生として南海ホークスに入団。

 65年(30歳)三冠王。

 90年(55歳)ヤクルトスワローズの監督に就任。

 ※入団、就任は野球シーズン年度

   ※通算成績:

  3017試合、2901安打、.277、657本塁打、1988打点、117盗塁

 ※主なタイトル・表彰:

  三冠王1回、首位打者1回、ホームラン王9回、打点王7回

 ※監督在任中の成績:

  リーグ優勝5回、日本シリーズ優勝3回

 

□趣味

 読書

 

□サイズ

 175㎝ 85㎏

 

□特記事項

・妻は野村沙知代

・三冠王

・捕手唯一のホームラン50本以上

■野村克也

 

□幼少時代〜

・実家は食料品店。

・兄がいる。

・3歳の時、父親が戦死(享年35)。

・母子家庭で育った。

・家にお風呂がなかったので隣の家で貰い湯をした。

・家は裕福ではなかった。

 子供の頃から兄と一緒にアイスキャンディー売りや新聞配達で家計を助けた。

・中学生の頃までおねしょをしていた。

・中学時代、金持ちになる為に歌手や映画俳優に憧れた。

 コーラス部に入って高音を出す為に毎日海に向かって発声練習をした。

 映画館に通って台詞を覚えて家で鏡の前で練習した。

・中3の時、野球をはじめた。

 最初からバッティングがうまかった。すぐに4番をまかされた。

 卒業する3年生に強引に頼みこんで野球用具を譲って貰った。

・高校までは巨人ファンだった。


■野村克也

 

□私生活

・好物…寿司。納豆巻き。うな重。

 酢豚。タン塩。焼鳥の皮。フカヒレの姿煮。中トロの刺身。ふぐ。松葉カニ。

 トマトとモッツァレラチーズのサラダ。イチゴ。パイナップル。パパイヤ。

 ショートケーキ。あんこ。甘いもの。

・嫌いな食べ物…馬刺し。キムチ。唐辛子。きのこ類。

・酒は飲めない。

・健康法…カバノアナタケ茶。

・解離性大動脈瘤で緊急入院(=10年)。

・猫舌。

・占いが好き。

・収集…

 腕時計(約40個所有=09.11現在)。

 ネクタイ(400本以上所有=12.08現在)。

・ペット…犬(名前はジェイソン=03.12現在)。

・住んでいる所…東京都世田谷区玉川田園調布(=03.12現在)。

・いきつけ…「鮨太鼓」(市ヶ谷、10年以上通っている=18.02現在)。

・一般常識に自信がない(頭の中は野球の事で占められている)。

・買物が大好き。服は全て自分で買う。好きなブランドはヴェルサーチ。

 時間がある時に朝から晩まで三越デパートで過ごす。

 初めてクレジットカードを持った時にいくら買物をしてもOKだと思ってどんどん使った。

・自宅に泥棒に入られて腕時計を約40個盗まれた。

・次男・克則に「人生をどう生きるべきか」を記した膨大なノートをあげた。

・南海の新人時代にに先輩に誘われて玄人女性を相手にセックスを初体験。

・好きなタイプ…脚が細い女性。

・お金の管理は全て妻(沙知代)にまかせていた。

・自宅にいない時は寝る前に必ず妻(沙知代)に電話をした。

・お世話になった人に妻(沙知代)が礼状を出してくれた。

・女性関係が原因で何度も妻(沙知代)と大喧嘩をした。

 怒った妻(沙知代)に携帯電話を壊された事が何度かあった。

・妻と同じ死因で他界(虚血性心不全)。

■野村克也

 

□人間関係

・森祇晶…親友。よく野球の話をした。

 日本シリーズ前に野村の自宅に泊まり込んで一緒に研究、

 森に阪急の選手の攻略法を伝授した。

 互いに監督して2年連続で日本シリーズで対戦(=92年、93年)。

・金田正一…親友。

・長嶋茂雄、王貞治、稲尾和久…友人。

 …4人でヨーロッパ各地を巡る旅行に行った(=63年)。

・神田川俊郎…友人。

・香川伸行、片平晋作、門田博光、江本孟紀、冨田勝、広瀬叔功、

 杉浦忠、野村克也、井上登、穴吹義雄、スタンカ、鶴岡一人

 …南海ホークス所属(移籍・引退・監督を含む)。

・石井一久、稲葉篤紀、川崎憲次郎、宮本慎也、高津臣吾、

 長嶋一茂、池山隆寛、古田敦也、吉井理人、広澤克実

 …ヤクルト監督時代の所属選手。

・田中将大…楽天の監督時代に「マー君、神の子、不思議な子」と称した。

 ※田中が先発すると不思議と負けがつかなかった

・山口洋子…「俺の花だよ月見草」を作詞。

・松村邦洋…野村克也のモノマネをする。

・津川雅彦…南海ファンだった津川と一緒にストリップを見に行った事があるらしい。

・高山善廣…好きなプロレスラー。

・岡本依子…野村を尊敬している。

・団野村…義理の息子。エージェント。

・正子…南海ホークスの有力後援者の社長令嬢。60年結婚、78年離婚。

 ※離婚した4年後にクモ膜下出血で他界

・野村沙知代…78年結婚。3歳(4学年)年上。※17年他界(享年85)

・子供: 

 長男…陽一。61年誕生。

 次男…野村克則。73.07.23誕生。

 ※孫…2歳(=04.12現在)。克則の長男。


■野村克也

 

□エピソードなど

・巨人は捕手の層が厚くてレギュラーになれそうになかったので南海のテストを受けた。

 遠投テストの時に先輩のすすめでこっそりラインのかなり前から投げた。

 契約金0年、月給7000円で契約。

・新人時代、ろくに練習をさせて貰えなかったので、先輩に直談判すると

 「お前らテスト生はカベ(ブルペンキャッチャー)として採用されたんだ」と言われた。

・1年目のオフに戦力外通告を受けたが球団に必死でアピールして取り消して貰った。

   「クビにするなら南海電車に飛び込んで自殺する」と泣きついた。

・自ら練習メニューを考えて人の何倍も練習してレギュラーになった。

・鶴岡監督に「お前は一流はさっぱり打てんな」と言われてデータ研究を始めた。

 毎日スコアラーに頼んで稲尾和久の投球データを貰って研究した。

 稲尾和久の癖を研究する為に16ミリカメラで撮影して繰り返し見た。

・捕手として情報を仕入れては相手バッターに話し掛けるささやき作戦を使った。

 ささやき作戦は長嶋茂雄には通用しなかった(長嶋は人の話を全然聞いていなかった)。

・長嶋茂雄、王貞治に対して強烈な対抗心を持っていた。

・プロ野球を盛り上げる為にアンチ巨人を演じた。

・史上2人目の通算600本塁打(=75年5月22日)。

 試合後に「長島や王がひまわりなら、俺はひっそりと日本海に咲く月見草」と自らを称した。

・史上初の2500本安打を達成しても新聞の一面を飾れなかった。

・南海ホークスのプレイングマネージャーに就任(=70年)。

・兼任監督として28本塁打でMVPを獲得してリーグ優勝(=73年)。

・17年連続でシーズン20本塁打以上(=57年〜73年)。

・通算安打、通算打点、通算本塁打はいずれも歴代2位(引退時)。

・野村沙知代との不倫交際発覚で南海の監督を電撃解任させられた(=77年)。

 球団に「仕事はたくさんあるが沙知代はひとりしかいない」とタンカを切った。

・「生涯一捕手」と宣言してロッテ、西武を渡り悪いた。

・雑誌「週刊朝日」に野球コラム「野村克也の目」を連載。

・テレビ朝日の野球解説で9分割ストライクゾーンを表示して投球を予測する試みに挑戦。

 「野村スコープ」と呼ばれた。その後各局の野球中継で一般化。

・CD「俺の花だよ、月見草」をリリース(=93年)。

・げんかつぎとしてピンクやオレンジのパンツを身に付けた。

・ラッキーナンバーは「10」(現役時代の19、監督時代の 73は足して10)。

・データに基づいた戦術を「ID野球」と呼ばれた。

・選手とのミーティングで野球の事だけでなく人生観などについても話した。

・ヤクルトの監督時代、セリーグ優勝4回(日本シリーズ優勝3回)。

・阪神の監督時代、3年連続で最下位(=99年〜01年)。

・遠山→葛西→遠山→葛西の投手リレーで1-0で勝利(=00.05.21横浜戦)。

 遠山と葛西が一塁の守備に就いた。

・野村沙知代が所得税法及び法人税法違反容疑で逮捕されて阪神の監督を辞任(=01年オフ)。

・エッセイ集「女房はドーベルマン」出版(=02年)。

・社会人野球・シダックスのGM兼監督に就任(=02年)。

 03年に都市対抗野球で準優勝(チーム発足以来最高の成績)。

・自宅を「ディスカバ! 99」で公開(=03年12月3日放送分)。

・楽天の監督時代、なかなか勝てないチーム状況を再三独特の言い回しで嘆いた。

 ※試合後のテレビインタンビュー(ノムさんのボヤキ節)

・野村沙知代が始球式をやった時にキャッチャーを務めた(=09年)。

・プロ野球監督としての通算成績:

 3204試合1565勝1563敗76分(通算24シーズン)。

 日本シリーズ出場5回、日本シリーズ優勝3回。

・選手で3000試合以上出場&監督で3000試合以上出場はプロ野球史上初。

・監督としての座右の銘は「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」。

 ※江戸時代の剣術の達人・松浦静山の言葉

・江夏豊、山内新一、小早川毅彦、山崎武司などの移籍選手に再活躍の場を与え、

 「野村再生工場」と呼ばれた。

・メジャーリーグ、高校野球の監督をやってみたい。

・疎遠だった兄と40年ぶりに再会(「爆報! THE フライデー」18年4月27日放送分)。

・生まれ故郷の京都府京丹後市網野町に「野村克也ベースボールギャラリー」がある。

凡例:20.01現在=2020年1月現在