都はるみ

都はるみ


■都はるみ(みやこ はるみ)

 

□肩書き

 歌手

 

□本名

 北村春美

 

□生年

 1948(昭和23)02.22(魚座/B型)

 

□出身地

 京都府京都市上京区作庵町

 

□出身校

 京都市立乾隆小学校

 京都市立嘉楽中学校

 洛陽女子高校→青葉学園高校中退

 

□略歴

 64年(16歳)「アンコ椿は恋の花」で日本レコード大賞新人賞。

 65年(17歳)紅白歌合戦初出場(→84年まで20回連続出場)。

 76年(28歳)「北の宿から」で日本レコード大賞。

 ※他の主なシングル:

  「涙の連絡船」「好きになった人」「大阪しぐれ」

 

□趣味

 スポーツ観戦 ゴルフ 

 

□特記事項

・日本レコード大賞(1976年「北の宿から」)


■都はるみ

 

□幼少時代〜

・生家は西陣の機屋。

・父親は西陣織りの職人。

・5人兄弟の長女。妹が3人、弟が1人いる。

・母親は若い頃に浪曲師を目指していてで歌も踊りも上手だった。

・母親の影響で子供の頃から歌が好きだった。

 3歳で美空ひばりを歌いこなした。

・6歳の6月6日から小4まで日舞とクラシックバレエを習っていた。

 ※京都では6歳の6月6日に芸事を始めると身につくと言われている

・小学校時代、近所で一番ケンカが強いお転婆でいつも傷だらけだった。

・小学校時代、近所のお姉さんによく映画に連れて行って貰った。

・小学校時代、母親に「勉強はしなくていいから歌をたくさん覚えなさい」と言われた。

 水泳の授業は「耳に水が入るといけないから」と休んでいた。

 母親がくれる10円20円のお駄賃につられて毎日歌を練習した。

・小4の時、児童劇団・ポニー劇団に入った。

・小5の時、歌謡学院・サワダ音楽院に入った。

 レッスンをサボるとおしおきとして母親が「よし」と言うまで同じ歌を3時間歌わされた。

■都はるみ

 

□私生活

・好物…うどん(関東風の濃い味が好き)。そば。お好み焼き。

 生肉(大好物)。

・酒が好き。ビールは水がわり。日本酒のライム割りを好む。

 若い頃は大酒飲みだった。

 コークハイを40杯飲んで美空ひばりに「よく飲むわね」と言われた。

 20代の頃に二日酔いでステージで立った事がある。

 ※13年年明けから禁酒中(=13.02現在)

・健康法…りんごとにんじんのジュース(毎日)。青竹踏み(海外にも持って行く)。

 ランニング(家の中や玄関周りを走る)。

・専属トレーナーを付けて体を鍛えている(=12.08現在)。

・急性咽頭炎及び急性気管支炎で声が出なくなって緊急入院(=13年)。

 小林幸子にコンサートの代演を務めて貰った。

・婦人病疾病のため子供が出来なかった。

・好きなアーティスト…河村隆一。山下達郎。東方神起。エディット・ピアフ。

 サラ・ブライトマン(コンサートに行く)。イーグルス。

・普段着は黒の服が好き。好きなブランドはワイズ、マダム・ニコルなど。

・引っ越しが大好き。これまでに17回引っ越した(=10.12現在)。

 1年に3回引っ越した事がある。

・いきつけ…

 立ち食いそば「富士そば」(赤坂)。

 広島風お好み焼き「さっちゃん」(赤坂)。

 ヨックモック青山本店のカフェ。

・阪神タイガースの大ファン。

・ゴルフのベストスコアは81(=12.08現在)。

・年末年始はハワイで過ごす(昼はゴルフ、夜は酒)。

・座右の銘…「ケセラセラ」。

・とてもせっかちな性格。

・ひとりで行動するのが好き。ひとりで立ち食いそば屋、飲み屋、買物に行く。

・母親が05年に他界(享年85)。

 晩年認知症を患って最期には都はるみが自分の娘である事も判らなかった。


■都はるみ

 

□人間関係

・五木ひろし…親友。デュエット曲「ふたりのラブソング」をリリース。

・北島三郎…兄貴分。

・岡千秋…デュエット曲「浪花恋しぐれ」がヒット(=83年)。

・小林幸子…デビュー同期生。

・さだまさし、ハウンド・ドッグ、レイ・チャールズ…ライブで共演。

・森昌子…「スター誕生!」で都はるみの「涙の連絡船」を歌って合格した。

・室井滋…都の大ファン。映画「ビッグ・ショー」で共演。

・高田文夫…都のファン。コンサートに来る。

・三浦知良…都のファン。朝に都はるみを聞くとテンションが上がる。

・山本文郎…都の大ファン。

・城島茂、西野亮廣(キングコング)、早坂好恵、薬師丸ひろ子…都のファン。

・増田明美、松居直美…都はるみのモノマネが出来る。

・太田治子(作家)…高校時代の同級生。

・有田芳生…都を取材して「歌屋 都はるみ」(文藝春秋)を上梓。

・中上健次…親友。※故人

・市川昭介…師匠。デビュー曲をはじめ数多くのヒット作を作曲。※故人

・美空ひばり…子供の頃から憧れていた。※故人

 レコード会社の先輩としていろいろとアドバイスをしてくれた。※故人

・朝月広臣…78年結婚、82年離婚。

 「結婚は商品価値を下げる」と言われて17歳の時から14年間極秘交際していた。

・中村一好…プロデューサー、事務所代表。82年不倫交際宣言。※08.04.04自殺(享年60)

■都はるみ

 

□エピソードなど

・映画「潮来笠」に子役エキストラとしてに出演(=61年)。

・第14回コロムビア全国歌謡コンクールで優勝(=63年)。

・雑誌の一般公募で芸名を決めた。

・デビューシングル、セカンドシングルは売れなかった。

・デビュー当時、衣装は自前だった。祖母や母親が作ったくれた着物を着ていた。

・当時の史上最年少でNHK紅白歌合戦に初出場(=65年)。

・若い頃は風邪をひかないように毎日風邪薬を飲んでいた。

・「北の宿から」から「大阪しぐれ」まで約4年間ヒット曲が出なかった。

 待っていても売れないと思って「大阪しぐれ」は自ら手売りもした。

・「大阪しぐれ」で日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞(=80年)。

 史上初の日本レコード大賞3冠を達成(大賞、最優秀歌唱賞、最優秀新人賞)。

・映画「男はつらいよ 旅と女と寅次郎」に出演(=83年)。

・歌手生活20周年を機に「普通のおばさんになりたい」と引退宣言(=84年)。

 母親や周囲の人の敷いたレールの上を走るだけの歌手活動が嫌で嫌でたまらなかった。

・引退宣言後に本屋をやろうと思って実際に物件を探した。

・音楽プロデューサーとして「都はるみ新人歌手オーディション」を行った(=87年)。

・右斜め上を見ながら歌う癖がある(よくモノマネされる)。

・NHK紅白歌合戦で5年ぶりに歌手活動を再開(=89年)。

・キャパ100人のライブハウスから日本武道館まで様々な会場でコンサートを行う。

・着物の袖を舞台装置に引っけて破いてしまった事がある。

・50歳を機にNHK紅白歌合戦出場を辞退(=98年)。 

・「大原絶唱」のキャンペーンで20年ぶりに握手会(=99年)。  

・映画「ビッグ・ショー! ハワイに唄えば」に本人役で出演(=99年)。

・伊豆大島の特設ステージでチャリティーコンサート(=00年)。

・伊豆大島に「アンコ椿は恋の花」の歌碑が建てられた(=00年)。

・20年ぶりに東京・新宿コマ劇場で公演(=04年)。

・ヒットしている曲を聞いて売れている理由を自分なりに分析する。

・著書「メッセージ」を出版(樹立社=06年)。

・24年ぶりの座長公演を開催(=08年)。