輪島功一

輪島功一


■輪島功一(わじま こういち)

 

□肩書き

 プロボクサー(77年引退)

 ボクシングジム会長

 

□本名

 輪島公一

 

□生年

 1943(昭和18)04.21(牡牛座/B型)

 

□出身地

 北海道士別市新学田

 

□出身校

 士別高校中退

 

□略歴(満年齢)

 68年(25歳)プロデビュー。

 71年(28歳)WBC・WBA世界ジュニアミドル級タイトルを獲得(→6回防衛)。

   75年(32歳)WBC・WBA世界ジュニアミドル級タイトルを獲得(→初防衛に失敗)。

 76年(33歳)WBA世界ジュニアミドル級タイトルを獲得(→初防衛に失敗)。

 ※通算成績:

      38戦31勝(25KO)6敗1分

   ※旧・ジュニアミドル級=現・スーパーウェルター級

 

□趣味

 散歩 クルマ ゴルフ

 

□特記事項

・世界タイトルを3回獲得


■輪島功一

 

□幼少時代〜

・男4人兄弟の次男。

・樺太で生まれた。

・1歳の時、終戦で父親の実家に引き揚げた。

・開拓農民として家族で入植した。子供の頃から父親の開墾作業を手伝った。

・小学校卒業後、小樽の漁師の養子になった。

 イカ船に乗ると必ず船酔いするので医者に診て貰うと先天的に三半器官に異常があった。

・中学時代、夜中に漁に出ていたので授業中によく寝てしまって先生に叱られた。

 そのうちに目をあけて寝る事ができるようになった。

・14歳の時、セックスを初体験。

 

□私生活

・酒が好き。

・ペット…犬(名前はデカ=08.04現在)。

・住んでいる所…東京都三鷹市(=94年現在)。

・クルマが好き。若い頃はベンツを数年で乗り換えていた。

・次男はプロボクサー→輪島ジムトレーナー。

・好きなタイプ…おしりが大きな女性。

・現役時代、試合前に禁欲するよりセックスした方が勝率が良かったらしい。

・現役時代、地方の試合の時に関係者が女性と用意してくれた。

 女性が5人用意されていて8時間かけて全員抱いた事があった。

・初夏の高原で「シャッターを押して」と声をかけて妻と知り合った。

 妻はその瞬間に「この人と結婚するかも」と予感したらしい。

・3ヵ月に1回ペースでソープランドに行く(=15.10現在)。

 妻に「私はもう結構ですからソープランドに行って」と言われて通い始めた。

・妻は輪島功一スポーツジムのマネージャー。


■輪島功一

 

□人間関係

・輪島大士…友人。遠い親戚(仲良くなった後で調べて貰って判明)。

 功一の試合を何度も応援。功一の結婚式に出席。

・ガッツ石松…友人。

・萩原流行…体力作りの為に輪島功一ボクシングジムに通っていた。

・関根勤…輪島のモノマネが得意。

・多生代…73.04.29結婚。

 初夏の高原で輪島に「シャッターを押して」とナンパされた時に

 「この人と結婚するかも」と予感があった。

・子供:

 長女…大子(ひろこ)。73.10.01誕生。

 長男…大展(ひろのぶ)。74.10.18誕生。

 次男…大千(ひろかず)。77.03.22誕生。

 ※孫が3人いる(=08.04現在)

■輪島功一

 

□エピソードなど

・高校中退した17歳の春、「Boys,Be Ambitious」の志しを胸に秘めて上京。

・10以上の職を転々とした。

 自動車の修理工、中華そばの出前持ち、牛乳配達、新聞配達、飯場の土方、など。

・飯場の土方をしていた時、大学の初任給が4万円の時代に半年で150万円稼いだ。

・こつこつ貯めた350万円を投資した叔父の店が詐欺にあって倒産。

・「飲む打つ買う」は好きになれず、何か夢中になれるものを、

 と探してボクシングに出会った。

・24歳の時に三迫ジムに入門。

・三迫ジムの会長は輪島を初めて見た時、

 「ボクシング好きのオジサンが腕自慢に来たな」と思ったらしい。

・25歳直前のプロデビューはプロボクサーとしては非常に遅いデビューだった。

 同い年のファイティング原田は引退したのが25歳。

・プロデビューから7戦連続KO勝利。東日本新人王、全日本新人王を獲得。

・土方をやっていたのでボクシングに必要な「ねじれの筋肉」が最初からついていた。

・白岩工業に在籍して建築現場の仕事を担当。

 社長が「スタミナをつけろ」と良い肉を食べさせてくれた。

 試合前のキャンプの時は会社を自由に休ませてくれた。

 社長が試合のチケットをたくさん買ってくれた。

 世界チャンピオンになった後も営業課長として会社の仕事を続けていた。

・試合に勝つとジムの会長がストリップに連れていってくれた。 

・ファイトマネーなしで東洋チャンピオン相手のノンタイトル戦に挑んで2回KO勝利。 

 勝てば世界ランキングに入って世界タイトルへの挑戦資格を得る事が出来るので、

 「金は後からついてくる」と思って試合に挑んだ(=71年)。

・負けた時の言い訳になりそうなので減量の事を口にするのは嫌いだった。

・減量で体の老廃物を薄める水分が減って赤く見える尿が出た事がある。

・パンチ力はあったがリーチが短かったので常に攻撃的なスタイル。

・世界タイトル初挑戦試合で奇襲戦法「カエル跳び」を使った。

 ※いきなりしゃがんでジャンプしてパンチを打つ

・6回目の防衛戦の時に奇襲戦法「あっち向いてホイ」を使った。

 ※パッとよそみをして相手がつられてその方向を見た瞬間にパンチを打つ

・アルバラードにKO負けして神経をやられて約3週間寝込んだ。

・前年にKO負けした柳斉斗に15回KO勝利で3回目の世界王座に就いた。

 マスクをして試合前から不調を装う仮病作戦を使った。

・試合終了後にリングの上で自分が出した曲を歌った事がある。

・世界チャンピオン時代、試合の夜は飲み屋の客が激減したらしい。

・世界チャンピオン時代、預けた金を親友がバクチでスッて8000万円損をした。

・一番高額のファイトマネーは6500万円。

 ファイトマネーの通算合計金額は3億4000万円。

・吉祥寺に輪島功一スポーツジムを開設(=87年)。

・講演で「寝たらブッとばすぞ」と客を脅かす。

・副業…「だんごの輪島」(東京都国分寺市、弟夫婦が経営=08.04現在)。

・自宅を「メレンゲの気持ち」で公開(=08年4月5日放送分)。

・長女・大子、孫3人が「メレンゲの気持ち」に出演(=08年4月5日放送分)。

・輪島功一スポーツジム会長を勇退(=21年)。

凡例:18.01現在=2018年1月現在