赤塚不二夫

赤塚不二夫

■赤塚不二夫(あかつか ふじお)

 

□肩書き

 漫画家

 

□本名

 赤塚藤雄

 

□生年

 1935(昭和10)09.14(乙女座)

 

□没年

 2008(平成20)08.02(享年72)肺炎

 

□出身地

 奈良県大和郡山市→新潟県新潟市

 

□略歴

 62年(27歳)「おそ松くん」「ひみつのアッコちゃん」連載開始。

 67年(32歳)「天才バカボン」「もーれつア太郎」連載開始。


■赤塚不二夫

 

□幼少時代〜

・父親は警察官。

・母親は芸姑(結婚前)。

・姉と妹がいる。

・10歳の頃、満州から奈良県大和郡山市(母親の故郷)に引き揚げた。

・満州から引き揚げる際、出国検査で生後5ヵ月の妹のミルクを没収され、

 栄養失調で死にかけた妹の為に大人に愛嬌を振りまいて調理場から重湯を貰ってきた。

・奈良県大和郡山市から新潟(父親の故郷)に転居(時期不詳)。

・中1の時、手塚治虫「ロストワールド」を読んで漫画家を志した。

■赤塚不二夫

 

□私生活

・酒が大好き。

 飲み屋でバカ騒ぎをするのが大好き。

・食道がんを告白(=98年)。

・自宅で転倒して急性硬膜下血腫を発症(=00年)。

・脳内出血を発症(=02年)。

 ※以後一切の創作活動を休止

・映画が大好き。

 スラップスティック、笑いとペーソスの作品が好き。

 好きな映画監督はチャップリン、バスター・キートン。


■赤塚不二夫

 

□人間関係

・タモリ…親友。上京後約1年間赤塚邸に居候(小遣いをあげていた)。

 赤塚の紹介で「オールナイトニッポン」に出演。

 赤塚の告別式で白紙を手に弔辞を読んだ。

・よこたとくお…親友。一緒にプロを目指して漫画家修業。

 小松川のアパートで同居後、一緒にトキワ莊に引っ越した。

・つげ義春…つげの紹介で貸本漫画でデビュー。

・手塚治虫、寺田ヒロオ、藤子不二雄、石ノ森章太郎、赤塚不二夫

 …トキワ莊に住んでいた漫画家。

 赤塚は石ノ森のアシスタントをしていた。

・稲生登茂子…アシスタント。61年結婚、73年離婚。

・鈴木眞知子…スタイリスト。86年結婚。

・子供:

 娘…赤塚りえ子。フジオ・プロダクション社長(=20.09現在)。


■赤塚不二夫

 

□エピソードなど

・中学卒業後、地元の看板屋で働きながら雑誌「漫画少年」に投稿。

・18歳の時、漫画家を志して上京。

 江戸川区の化学工場で働きながら漫画家修業を続ける。

・描き下ろし単行本「嵐をこえて」で漫画家デビュー。

・編集者やアシスタントを集めて行うアイディア会議から多くの名作が生まれた。

・最盛期の連載数は週刊誌5本、月刊誌4本(=72年頃)。

・一番多い時は約40人のアシスタントを抱えていた。

・バカボンのパパのモデルは赤塚の実父。

凡例:20.01現在=2020年1月現在