美空ひばり

美空ひばり


■美空ひばり(みそら ひばり)

 

□肩書き

 歌手 女優

 

□本名

 加藤和枝

 

□愛称

 お嬢

 

□生年

 1937(昭和12)05.29(双子座)

 

□没年

 1989(平成01)06.24(享年52)間質性肺炎

 

□出身地

 神奈川県横浜市磯子区滝頭町岩瀬

 

□出身校

 横浜市立滝頭小学校

 精華学園中等部

 精華学園高等部

 

□略歴

 49年(12歳)「悲しき口笛」がヒット。

 64年(27歳)「柔」で日本レコード大賞。

 89年(52歳)「川の流れのように」がヒット。

 ※他の主なシングル:

  「リンゴ追分」「悲しい酒」「真赤な太陽」

 ※他の主な出演:

  映画 「東京キッド」「七変化狸御殿」「ロマンス娘」

  ドラマ「大江戸捜査網」「暴れん坊将軍」「パパはニュースキャスター」

  テレビ「今夜は最高!」「笑っていいとも!」

 

□サイズ

 153㎝

 

□特技

 日舞(花柳流名取)

 

□特記事項

・元夫は小林旭

・日本レコード大賞(65年「柔」)

・女性初の国民栄誉賞


■美空ひばり

 

□幼少時代〜

・生家は横浜市磯子区の魚屋「魚増」。

 「屋根なし市場」と呼ばれた長屋群の中にあった。

・長女。妹が1人、弟が2人いる。

・父親が愛人に産ませた異母弟が2人いる。

・6畳、3畳、土間に家族で住んでいた。

 土間から路地に台をつき出して魚を売っていた。

・子供の頃から歌が好きだった。

 レコードで2回聞くとメロディーを覚えた。

・子供の頃、四国巡業の途中で乗っていたバスが崖から転落。

 

□私生活

・左右大腿骨頭壊死と慢性肝臓病で緊急入院(=87年)。

・16歳の時、横浜・間坂の海が見える高台に超豪邸を建てた。

 敷地800坪、建坪100坪、総檜の3階建て、邸内にプール、広い庭園。

 「ひばり御殿」と呼ばれた。

・別荘がある所…ハワイ・オアフ島。

・遊園地が好き。

 絶叫マシンが大好き(何時間も並んで2回乗る)。

・辛い事があって泣く時は布団をかぶってひとりで泣いた。

 外に出た時には常に毅然としていた。

・自宅の住所も電話番号も覚えていない。

・現金を持たずにタクシーに乗って歌を歌って無料にして貰った事がある。

・父親は52歳で他界。

・弟2人はともに42歳で他界。


■美空ひばり

 

□人間関係

・神津善行&中村メイコ…友人。

 よく神津&中村の自宅に遊びに行って自分の家のように寛いで過ごした。

 美空が歌った貴重な生テープを所有(自宅の庭に埋めてある)。

・岸本加世子…美空の晩年に親交があった。美空の大ファン。

 ドラマ「美空ひばり物 語」で美空ひばりを演じた(=89年)。

・とんねるず…美空の晩年に親交があった。

・江利チエミ、美空ひばり、雪村いづみ

 …3人で「三人娘」として活躍。同い年。

 映画「ジャンケン娘」などで共演。

 江利と雪村は親友。

 雪村はコンサートで必ず江利と美空の曲を歌う。

 ※江利は82年他界、美空は89年他界

・里見浩太郎…京都の比叡山にドライブデートをした。「姉上」と呼ばれた。

・秋元康…「川の流れのように」を作詞。

・小林幸子…子供の頃にモノマネ番組で美空ひばりを歌って優勝。

 「第2の美空ひばり」と呼ばれた美空の母親に睨まれて15年間売れなかった、と噂された。

・森公美子…森の実家の旅館に美空が泊まった事がある。

・天童よしみ…8歳の時に美空が座長を務めた舞台に出演。

・近藤真彦…デビュー当時に美空に「おばさん、あんた歌うまいね」と言った。

・田川寿美…アルバム「美空ひばり名曲集」をリリース(=96年)。

・松浦亜弥…シングル「草原の人」をリリース(美空が生前に作詞=03年)。

 「草原の人」の歌詞をモチーフにしたミュージカルに主演(=03年)。

・角川博、松本明子…美空のモノマネが出来る。

・五木ひろし…小学校時代、近所に映画の撮影に来た美空ひばりを見て、

 オーラを感じて歌手志望の気持ちを強くした。

・神野美加…母親が美空ひばりの大ファンで家にレコードがたくさんあった。

 子供の頃からレコードを聴いて自然に歌を覚えた。

 デビュー当時に「第2の美空ひばり」と言われた。

・川中美幸…小3の時、梅田コマ劇場で見た美空ひばりに感動して歌手を志した。

 病気で倒れた美空ひばりの代役としてコマ劇場の舞台に出演

 (九州まで行って美空本人の意向を確認した)。

・木の実ナナ…美空の大ファン。

 生前に一度だけ会った時にサインして貰った美空のポートレートを常時持参。

・研ナオコ…美空の大ファン。小学校時代、子供のど自慢で美空の曲を歌った。

・汀夏子…小学校時代、美空が大好きでだった。美空の影響で宝塚に憧れた。

・島倉千代子……デビュー前、美空の大ファンでおっかけをしていた。

 第3回コロムビア全国歌謡コンクールで美空ひばりの曲を歌って地区予選敗退、

 審査員に「美空ひばりはふたりいらないんだ」と言われた。

・加藤茶…子供の頃から美空の大ファン。

・米良美一…美空の大ファン。

・明石家さんま、坂田利夫、京本政樹、宮本信子、八代亜紀、和田アキ子…美空のファン。

・田岡一雄…暴力団山口組組長。「ひばりプロ」の会長。

・加藤和也…弟・哲也の子供。美空の養子。

・西郷輝彦…若い頃に美空に自宅に呼ばれて寝室に招待された。

・小林旭…62年結婚、64年離婚。


■美空ひばり

 

□エピソードなど

・横浜国際劇場で歌って「天才少女歌手」と呼ばれた(=48年)。

・最初に舞台に立った時の名前は「美空和枝」。

・「お嬢」という呼び名は母親が呼び始めたのがルーツらしい。

・「河童ブギ」で歌手デビュー(=49年)。

・映画「悲しき口笛」に主演(=49年)。

・映画「東京キッド」に主演(=50年)。

・ハワイでチャリティー公演を12回開催(=50年)。

・紅白歌合戦初出場(=54年)。

・浅草国際劇場の花道の奥で19歳の少女に塩酸をかけられた(=57年)。

・紅白歌合戦紅組司会(=70年)。

・ハワイ・シェラトンホテルで芸能生活30周年記念公演(=76年)。

・ステージから客席を見回して一番ダレている観客に目線を決めて歌い、

 その観客が本気で耳を傾けてくれるように念を送った。

・晩年は病気による足の痛みでハイヒールがはけなかった。

 サンダルを履いてロングドレスで隠していた。

・「歌謡界の女王」と呼ばれた。

 吹き込んだシングルは約300枚、ステージで歌った曲は500曲以上。

 戦後芸能史は美空ひばり抜きでは語れないと言われた。

・死後に国民栄誉賞が贈られた。

・京都・嵐山に遺品など1000点を展示した美空ひばり館が開設(=94年)。

・昭和を代表する三大スーパースターの一人として郵便記念切手となる(=97年)。

・舞台「元禄港歌」の「流れ人」がシングルリリース(唯一の劇中歌=99年)。

・「川の流れのように」が高校の音楽の教科書に採用(=99年)。

・著書…自伝「川の流れのように」。

・レコード・CDなどの総売上枚数は約1億1700万枚(=19.05現在)。

三人娘(江利チエミ、美空ひばり、雪村いづみ)

凡例:19.01現在=2019年1月現在