綾小路きみまろ

綾小路きみまろ


■綾小路きみまろ(あやのこうじ きみまろ)

 

□肩書き

 漫談家

 

□本名

 假屋美尋(かりや よしひろ)

 

□旧芸名

 松山城ニ

 綾小路君麿

 きみまろ

 

□生年

 1950(昭和25)12.09(射手座/O型)

 

□出身地

 鹿児島県曽於郡松山町

 

□出身校

 松山町立泰野小学校

 松山町立松山中学校

 鹿児島県立末吉高校

 拓殖大学商学部貿易学科

 

□略歴(満年齢)

 02年(52歳)CD「爆笑スーパーライブ第1集! 中高年に愛をこめて…」をリリース。

 03年(53歳)テレビ「笑っていいとも!」出演。

 ※他の主な出演:

  テレビ「徹子の部屋」

 

□趣味

 版画浮世絵、骨董品(火鉢、壺など)収集 草むしり ジョギング

 

□資格・免許

 あんまマッサージ師免許 柔道初段

 

□サイズ

 165㎝ 


■綾小路きみまろ

 

□幼少時代〜

・父親の仕事は農業、牛馬の売買、農耕馬の種付師。

・長男。5歳年下の弟がいる。

・山奥に住んでいた。

・家で馬、牛、豚、鶏を飼育していた。

・友人と一緒に馬の交配を覗き見した(父親に見つかると怒られた)。

・夏場は裸足で外を歩いていた。

・小学校時代、勉強も運動も普通の出来だった。

・小学校時代、あだ名は「種馬」だった。

・小学校時代、授業参観の日に父親が馬に乗って学校に来た。

・中学時代、よく女子に「じろじろ見ないで」と言われた。

・中学時代、球技が苦手だった。

・中学〜高校時代、柔道部。

・中学〜高校時代、モノマネが得意だった。

 子牛のセリ売り、スポーツ実況、ナレーションのモノマネをした。

・高校時代、1時間かけて自転車通学。

・高校時代、成績はほぼオール2。

・高校時代、細身の筋肉質だった。

・高校時代までおねしょをしていた。

・高校卒業後、所持金1万円で夜行列車で30時間かけて上京。

・大学時代、新聞奨学生として住み込みで新聞配達のアルバイト。

 産経新聞北千住店に配属された。


■綾小路きみまろ

 

□私生活

・好物…牛もつ鍋(みそ味)。ゴーヤチャンプルー。レバニラ炒め。

 ユッケ。和牛ステーキ。豚の角煮。レバーの焼鳥。

 イカの刺身。イナゴの佃煮。

 さつまいもの天ぷら。トッポキの甘辛煮。らっきょう。

   ドラゴンフルーツ。どら焼き。甘いもの。

・嫌いな食べ物…どじょう。穴子。ロールキャベツ。キクラゲ。

・酒が好き。好きな酒は焼酎。

・健康法…サプリメント(たくさん飲む)。スクワット。

 スポーツジム(筋トレ)。ジョギング(地方公演先でも走る)。

・持病…痛風。高血圧。

・尿酸値が高い(=13.07現在)。

・掃除が好き。風呂場、トイレの掃除が好き。

 掃除機をかけるのが好き。

・囲炉裏、火鉢が大好き。

 火のそばに座って何かをするのが大好き。

・ピンク色が好き。

・骨董品を多数所有。伊万里焼が好き。

・自宅の畑で多数の野菜を栽培。

 いんげん豆、かぼちゃ、キウイ、きゅうり、じゃがいも、ズッキーニ、

 大根、唐辛子、トマト、ピーマン、ハーブ、レタスなどを栽培。

 収穫前によく猿に盗られてしまう。

 畑を耕耘機で耕すのがストレス解消法。

・住んでいる所…山梨県河口湖畔町(一軒家、94年購入、囲炉裏がある、

 富士山がよく見える=14.03現在)。

・都内に仕事部屋を借りている(=13.07現在)。

・初めてひとりで住んだ部屋は3畳ひとま・トイレ&台所共同のアパート(家賃3500円)。

・いきつけ…

 韓国料理「HARU」(吉祥寺、7年通っている=17.12現在)。

 郷土料理「天下茶屋」(山梨県富士河口湖町)。

 レストラン「コーナーハウス」(山梨県富士河口湖町、サーロインステーキ)。

 「牛もつ鍋 おおいし」(博多)。

・富士山が大好き。富士山の絵皿を収集。

・せっかちな性格。コース料理が苦手。

・父親は交通事故で他界。

・母親が91歳で他界(=14年)。


■綾小路きみまろ

 

□人間関係

・佐々木則夫…友人。自宅に遊びに来た事がある。

 女子W杯優勝を記念してトロフィーを作った。

・吉永小百合…友人。年に1〜2回一緒に食事。

 映画「まぼろしの邪馬台国」で共演。

・ビートたけし、片岡鶴太郎、ポール牧

 …キャバレーの司会者時代によく一緒に飲んだ。

・森進一…専属司会を約10年務めた(旅の途中で脱走して辞めた)。

・小林幸子…専属司会を4年半務めた。

・伍代夏子…伍代のショーに専属ゲストとして7年出演。

 伍代が着替えている間に20分漫談をやっていた。

・千葉マリア…ユニットを組んでシングル「やってられなぁーい」をリリース(=04年)。

・泉ピン子…司会をやっていたキャバレーにギター漫談で出演。

・香取慎吾…きみまろの一番弟子(綾小路しんまろ)。

・鈴々舎馬風…師匠。本格的に漫談で勝負する事を決意して00年に弟子入りした。

・玉置宏…玉置を見て司会の仕事に憧れた。

・コージー冨田…綾小路の大ファン。

 綾小路が売れる前からライブに来てネタを録音していた。

 コージーの妻も綾小路のファン。

・ガッツ石松…綾小路のファン。

・ケーシー高峰、松浦亜弥、百田夏菜子…憧れている芸能人。

・前妻…?年結婚、?年離婚。

・妻…個人事務所の前社長。05年入籍。20年間内縁関係だった。

・子供:

 長男…個人事務所社長。

 長女。 

 次男…現役で東大医学部に合格。

 ※長男と長女は妻の連れ子、次男は離婚後前妻が引き取った


■綾小路きみまろ

 

□エピソードなど

・大学在学中に知人の紹介でキャバレーでボーイとして働き始めた。

 司会者が病欠したのをきっかけに司会をやりはじめ、

 新宿のキャバレーから引き抜かれる売れっ子になった。

 当時はホステス200〜300人のグランドキャバレーの全盛期だった。

 毒舌で客いじりをしてよくケンカになった(客からモノが飛んで来た)。

 当時の芸名は松山城ニ。

・スカウトされてホリプロに1年間在籍。

・キャバレーの司会だけで飽き足らなくなって毒舌漫談をやりはじめた。

・日劇ミュージックホール(当時のコメディアンの聖地)で漫談をやった(=79年)。

・「綾小路」という芸名はポール牧がコントで使っていた役名から無断拝借。

・20代半ばに2年間学校に通ってあんまマッサージ師の免許を取った。

・田中角栄、森進一のモノマネができる。

・芸名を綾小路きみまろに変える(=00年)。

・自作した毒舌漫談の見本カセットをサービスエリアで観光バスに無料で3000本配った。

 次第に注文が増えて自宅にある機器ではダビングが追い付かない数になり、

 噂を聞きつけたレコード会社に勧められてCDをリリース。

・中高年をターゲットにした毒舌漫談で52歳でブレイク。

・街で声をかけてくれた人にはオリジナルの携帯ストラップを無料であげる。

・「サラリーマン川柳」からネタを盗用した事を認め、

 出版社に菓子折り持参で謝罪、CDと著書から該当部分を削除(=03年)。

・ラジオ番組でカツラ(ヘアピース)使用をカミングアウト(=03年)。

 ポニーテールの部分はカツラと自毛をミックス。

 約10個のカツラをTPO、季節で使い分ける。

   普段は帽子を被って仕事の時だけ使う。

 長時間使うと肩凝りになる。1個の値段は40〜50万円。

・筆で書いたネタがダンボール5箱分ある。

・妻にネタのダメ出しをして貰う。

・過去のライブをMDに録音して保存(年間100本以上)。

 本番前に調子が良かった時のライブを聴き返す。

・ビデオ「爆笑! エキサイトライブビデオ」がオリコンチャート初登場1位(=03年)。

 ※セルビデオ部門

・付き人をつけずにひとりで全国各地を営業でまわる(=03.10現在)。

・エッセイ集「きみまろ流」出版(PHP研究所=03年)。

・移動に電車を利用して人間観察をしてネタに活かす。

・自宅を「ウチくる!?」で公開(=04年5月30日放送分)。

・初の音楽CD「きみまろのやってられなぁーい!?」をリリース(=04年)。

・毋・キミコが「情報ツウ」にVTR出演(=04年11月25日放送分)。

・チャリティー独演会の売り上げを地元・松山町に寄付。

・2000人規模のトークライブを全国各地で年間240回行った(=04年)。

・中高生向けのネタを収めた「きままろトランス」をリリース(=05年)。

・焼酎「阿吽の呼吸きみまろ」をプロデュース。

・レストラン「るりびょうたん」「あ・うん亭」(いずれも河口湖畔)をプロデュース。

・カツラと頭皮の隙間にたまった汗の感覚で時間経過がだいだい判る。

・毎年韓国で公演をする。

・テレビサイズではネタの面白さを伝え切れないのでライブに力を入れている。

 全国各地で年間約150本、全公演完売、年間動員数25万人(=08年現在)。

・映画「まぼろしの邪馬台国」に中年女性役で出演(=08年)。

・漫談ライブCD「爆笑スーパーライブ第1集!」が累計100万枚を突破(=08年)。

・CDとDVDの総売上は約510万枚(=13.07現在)。

凡例:20.01現在=2020年1月現在