笑福亭鶴光

笑福亭鶴光


■笑福亭鶴光(しょうふくてい つるこう)

 

□肩書き

 落語家 タレント

 

□本名

 小林幸男

 

□生年

 1948(昭和23)01.18(山羊座/O型)

 

□出身地

 大阪府大阪市

 

□出身校

 天王寺第二商高卒業

 

□略歴(満年齢)

 67年(19歳)6代目笑福亭松鶴に弟子入り。

 74年(26歳)ラジオ「鶴光のオールナイトニッポン」出演。

 86年(38歳)ラジオ「鶴光の噂のゴールデンアワー」出演

 ※他の主な出演:

  映画   「トラック野郎シリーズ」

  テレビ「それは秘密です」「スタジオ2時」

 

□趣味

 読書 ギター 釣り

 

□特技

 三味線 日舞


■笑福亭鶴光

 

□幼少時代〜

・父親は植木屋。

・母親は働いていた

・ひとりっ子。

・祖父が親がわりだった。

 芸事が大好きな祖父によく寄席や芝居小屋に連れていってもらった。

・父親の収入は不安定だった。

 驚く程金がある事もあれば、学校に納める給食費に事欠く事もあった。

・子供の頃、ラジオで聴いて自然に落語を覚えた。

・高校入学時に「卒業後に噺家になる」と決意。

・定時制高校の4年間、社会勉強の為に毎年仕事を変えた。

 1年目はセーラー服の工場、

 2年目は船場の丁稚、

   3年目は探偵事務所の配達、

 4年目は弁当屋。


■笑福亭鶴光

 

□私生活

・酒が好き。好きな酒は生ホッピー。

 気取らない個人経営の居酒屋で飲むのが好き。

・健康法…散歩。ジョギング。

・いきつけ…

 「ホルモン平田」(新小岩=17.09現在)。

 西安料理「刀削麺荘 唐家」(錦糸町、麻辣香鍋=17.09現在)。

 居酒屋「ひげの平山」(住吉、生ホッピー=22.07現在)。

 焼鳥屋「丸や本店」(錦糸町=17.09現在)。

・流行しているモノは自分の目で確かめる。

・若い頃は年収10万円程度で妻に食べさせて貰っていたが、

 毎晩のように飲み歩いていたのでよく夫婦喧嘩になった。

 まともに食べられるようになったのは30代半ばを過ぎてから。

・金をたくさん稼いでも自分の時間が減るだけで良い事はないと思っている。

 1000万円以上稼いだ分はどんどん後輩に奢って使い切る。

・好きなタイプ…ポッチャリ型のオッパイの大きな女性。


■笑福亭鶴光

 

□人間関係

・桂ざこば…友人。

・田中美和子…ラジオ「鶴光の噂のゴールデンアワー」のアシスタント(10年以上共演)。

 番組内で「お美和子様」と呼ぶ。

 デュエット曲「宝船だよ! 七福神」をリリース(=01年)。

・中島みゆき、吉田拓郎、ビートたけし、タモリ、所ジョージ

 …ラジオ「オールナイトニッポン」のパーソナリティー。

・嘉門達夫…高1の時に鶴光に弟子入り、21歳の時に破門。

・6代目笑福亭松鶴…師匠。

 4年間の内弟子時代に理由もなく毎日のようにどつかれた。

・瀬川瑛子…憧れている芸能人。

・妻…71年結婚。いきつけのスナックのママの妹。

 店にツケで通ううちに仲良くなった。

 ツケが100万円程になって「そろそろ逃げようか」と思っていた時に、

 姉に「ツケを払うか、妹と一緒になるか」と迫られて仕方なく同棲、

 鶴光の母親といつの間にか結託していて知らない間に籍が入っていた。

・子供:

 長女。

■笑福亭鶴光

 

□エピソードなど

・高2の時、毎日放送の素人名人会落語の部で名人賞を受賞。

・内弟子時代、松鶴のを乗せて運転中に狭い路地で前方からトラック、

 松鶴に「芸人は後ろに下がったら負けだ」と言われてクラクションを鳴らして前進、

 怒った運転手がスパナを手にして出て来たのでひたすら謝ってなんとか譲って貰った。

・初舞台のギャラは1日3回10日間で4500円。

・ラジオ「オールナイトニッポン」のエピソード:

 当初はあのねのねの代役として3ヵ月の予定だった。

 東京のラジオで初めて関西弁や上方落語の言葉を使い、

 「何を言っているか判らない」と言われると「判るまで勉強せい」と一喝した。

 「鶴光でおま」の「おま」は「おます(ございます)」の略。

 フランス小噺をベースにしたHなジョーク、

 リスナーに電話で初体験の話を聞く、などの下ネタ企画を連発。

 下ネタばかりの内容にPTAが抗議してスポンサーの不買運動に発展した為、

 鉾先をかわす為に1ヵ月だけまじめな放送をした。

 最盛期の占拠率は90%。

・鶴光劇団を旗揚げ(=80年)。

・CD「うぐいすだにミュージックホール2000」で往年の名曲をカバー(=00年)。

・ラジオ「鶴光の噂のゴールデンアワー」は月〜金の生放送(東京に単身赴任)。

 当初は普通の内容だったのを下ネタに切り替えるとすぐに聴取率トップになった。

・いくつになっても同じ芸風(下ネタ中心)でやっていきたい。

・師匠が東京の芸人の面倒をよく見ていたので東京の寄席にすんなり入っていけた。

 東京の大御所のほとんどが「あんたの師匠によく飯を食わせて貰った」と言ってくれる。

・毎月10日〜15日は高座に上がる。独演会などを含めると年間300席程度(=00年現在)。

・赤坂のビジネスホテルの同じ部屋を長年愛用(ホテルから感謝状を貰った)。

・「鶴光のオールナイトニッポン」復刻版が一夜限りの放送(=00年)。

・往年のギャグ「ええかぁ〜、ええのんかぁ〜」が着ボイスとしてブレイク(=05年)。

・踊りの稽古に力を入れている(=17年現在)。

凡例:18.01現在=2018年1月現在