秋元康

秋元康

■秋元康(あきもと やすし)

 

□肩書き

 放送作家 作詞家 プロデューサー 

 

□本名

 秋元康

 

□生年

 1958(昭和33)05.02(牡牛座/O型)

 

□出身地

 東京都

 

□出身校

 保谷市立中原小学校 

 保谷市立ひばりが丘中学校 

 中央大学付属高校

 中央大学文学部中退

 

□略歴(満年齢)

 85年(29歳)テレビ「夕やけニャンニャン」構成。

 88年(32歳)美空ひばり「川の流れのように」作詞。

 05年(49歳)AKB48をプロデュース(06年メジャーデビュー)。

 ※他の主な担当番組:

  テレビ「ザ・ベストテン」「オールナイトフジ」「とんねるずのみなさんのおかげでした」

 

□趣味

 麻雀 パチンコ 競馬 競輪 競艇 食べ歩き

 

□特記事項

・妻は高井麻巳子

■秋元康


□幼少時代〜

・父親はデパート勤務のサラリーマン。

・9歳年下の弟がいる。

・父親の躾は厳しかった。

・子供の頃、好奇心旺盛だった。

 遊園地でアトラクションに乗っている時に次に乗るモノを探してキョロキョロしていた。

・子供の頃、何かを続ける事が苦手だった。

 ヘチマの観察やマラソンが嫌いだった。

・小学校低学年の頃、小児喘息を患った。

・小学校時代、成績優秀だった。進学塾に通っていた。

 「東大→大蔵省→天下り」を目指したが最初のスタートの開成中学校の受験に失敗した。

・滑り止めの私立に進学せず公立中学校に入学後、小学校時代の反動で勉強をしなくなった。

・中学時代、不良グループとよく遊んだ。

・中3の時、女の子にモテたくてピアノを習い、バンドに入った。

・高校は男子校。

・高校時代、駅前の喫茶店でモーニングを食べて、1時間目の授業が終わる寸前に登校した。

・高校時代、毎年新島に行ってナンパをしたが、セックスに誘う勇気はなくてトランプをした。

・高校時代、デパートにマネキンを搬入するアルバイト(ギャラは半日で2500円)。


■秋元康


□私生活

・好物…カレーライス(大好物)。くずもち。

 シナモンロール。チーズケーキ。アップルカスタード。

・嫌いな食べ物…もち。

・食べるのが大好き。あんこう鍋を食べる為に日帰りで名古屋に行く。

 おいしい店で行列して待つのを厭わない。

・全国からおいしいものを取り寄せる。

 三重県尾鷲市のうなぎおこわ、埼玉県川越市のざる豆腐、

 静岡県田方郡の生わさび、大阪府貝塚市の水茄子漬け、など。

・居酒屋メニューが大好き。

・健康法…鍼灸・マッサージ(週1ペースで行く)。

 水泳(先生について正式なクロールを習った)。

・健康おたく。健康に良いと言われるモノは全て試す(食事と運動に関するモノ以外)。 

・病院で検査を受けるのが大好き。

 内臓のファイバースコープ検査を半年に1回受ける。

   アンチエイジング用の処方されたサプリメントを服用。

・不眠症。

   睡眠導入剤(ハルシオン)、抗不安剤(セレナール)、催眠鎮静剤(レンドルミン)を愛用。

・好きなミュージシャン…吉田拓郎。Mr.Children。

・好きな映画…「ローマの休日」。

・好きな映画女優…オードリー・ヘップバーン。

・家にいる時はパジャマ。

・オペラに興味関心がある(老後の楽しみにとっておくつもり)。

・96年に父親が他界してから自分より年上の人はそれだけで尊敬するようになった。

・ペット…犬(名前はラッキー=05.10現在)。

・住んでいる所…東京都港区白金(00年に購入したマンション=03.10現在)。

・いきつけ…

 日本料理「京味」(新橋、約30年通っている=14.01現在)。

 パン屋「キャッスル」(駒沢通り)。

 韓国家庭料理「武橋洞」(大久保)。

・食べ歩きが大好き。友人とおいしい店の情報交換をよくする。

・パチンコを打ちながら企画を考える。

・競走馬を所有(アッキーオー、ソングフォーエバー)。

・ニューヨークが好き。

・旅先で何もしないでボーッとするのが苦手。

・嫌いな人に会って嫌いな理由を確認するのが好き。

・高校時代の友人と今も親交がある(=03.10現在)。

・年末年始に毎年社員と家族で海外旅行に行く(多い時は総勢30人)。

・長女は1歳の頃から白子や北京ダックが好物。


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□人間関係

・林真理子…友人。食べ友達。

・古舘伊知郎…友人。飲み友達。

・木梨憲武…友人。若い頃によく一緒に悪い遊びをした。

・石橋貴明、和田アキ子、保阪尚希…友人。麻雀仲間。

・堀江貴文…友人。

・斎藤由貴…妻の友人。自宅に遊びに来る。

 妻と映画「恋する女たち」で共演。

・後藤次利…コンビを組んでヒット曲を多数作った(秋元が作詞、後藤が作曲)。

・小泉今日子…「なんてったってアイドル」を作詞。

・美空ひばり…「川の流れのように」を作詞。

・中島美嘉…中島のデビュー曲「STRAS」を作詞。

・工藤静香、藤井フミヤ、稲垣潤一、長渕剛、森川美穂…詞を提供。 

・島崎和歌子…Riskyの名前での再歌手デビューをプロデュース(=99年)。

・椎名法子…椎名のサードシングル「ドレミファソラシド」をプロデュース。

・松坂慶子…映画「グッバイ・ママ」に主演。 

・松嶋菜々子…映画「恋と花火と観覧車」に主演。

・藤谷美和子…「愛が生まれた日」を作詞作曲。

 秋元は藤谷が話す独特な言葉の意味をすぐわかる能力?を持っている。

・乃木坂46、AKB48、おニャン子クラブ…プロデュースを担当。

・松本伊代…交際を噂された。

・高井麻巳子…元おニャン子クラブ。88年5月結婚。9歳年下。

・子供:

 長女…せり。01.03.05誕生。


■秋元康

 

□エピソードなど

・高2の時、ラジオの深夜放送を聞いて「これなら僕にも書ける」と思って

 ネタを送ったのがきっかけで放送作家の仕事を始め、すぐにレギュラー番組を持った。

・放送作家の仕事を始めた当初は割の良いアルバイト感覚だった。

 「これがずっと続くわけがないからどこかで区切りをつけて勉強しなおそう」と思っていた。

・大学時代に月に100万円以上稼ぎ、20歳の時に新宿に2LDKのマンションを購入。

・おニャン子ブームの時、睡眠時間は1日3時間。

 多い時は1日に10曲作詞したシングルの殆どがヒット、

 ベスト50の中に自分が作詞した曲が半分入っていた事があった。

・おニャン子クラブのヒット曲を多数作詞。

・ニューヨークに1年間滞在(=88年)。

 「川の流れのように」はニューヨークの喫茶店で書いた。

 それまでの作詞は企画色が強いものばかりだったが、

 「川の流れのように」は初めて策を弄さずに直球を投げた仕事だった。

・映画の脚本を3日で書き上げた事がある。

・夜中の3:00頃まで打ち合わせをして、それから原稿を書いて、

 朝の8:00に寝るのが基本パターン(若い頃?)。

・映画「グッバイ・ママ」「マンハッタン・キス」「川の流れのように」を監督。

・映画「恋と花火と観覧車」「ご存じ! ふんどし頭巾」をプロデュース。

・競輪の実況中継で解説を担当(=97年)。

・セガの社外取締役に就任、CM「湯川専務」シリーズを作った(=98年)。

・98年度長者番付文化人部門1位。

・エッセイ集「どいつもこいつも」を出版(=99年)。

・「川の流れのように」が高校の音楽の教科書に採用された(=99年)。

・日本初のインターネットドラマ「グラウェンの鳥篭」をプロデュース(=99年)。

・エッセイ集「人生には好きなことしかやる時間がない」を出版(青春出版=00年)。

・エンターテインメントコンテンツ配信サイト「kyoming.com」をプロデュース。

・作詞を手掛けた曲の数は2000曲以上(=03.10現在)。

・アニメの主題歌の作詞を多数手掛けている。

 「ハイスクール! 奇面組」「美少女戦士セーラームーンSS」

   「機動戦士ガンダムZZ」「ノンタンといっしょ」など。

・「お仕事は?」と訊かれると「詐欺師です」と答える。

・先の事を考えるのが苦手。予定表を見ると気持が悪くなる。

・若い頃は実現しそうもなくても面白い事を無責任に言うのが好きだったが、

 年齢を経るにすれて発言した事がそのまま決定事項になってしまうので、

 ホームランより確実にヒットを狙う事を目指すようになってきた。

・失敗しても後悔しない。

 作詞した曲が150位だったら「僕がやったから150位まで行ったけど、

 他の人がやったら500位以下だった」と考える。

・人間は最終的には「どこで何をしても生きていける」という生命力がある人が勝ち、

 その生命力は「なんとかなる」という根拠のない自信から生まれると思っている。

・ドラマの仕事で演出家と意見があわなくて怒って帰った事がある。

・パチンコ台「びんぼー頭巾」をプロデュース(=05年)。

・京都造形芸術大学副学長に就任(=07年)。

・作詞したシングルのトータルセールスが1億枚を突破(=15年)。

凡例:20.01現在=2020年1月現在