由紀さおり

由紀さおり

関連人物:安田祥子

■由紀さおり(ゆき さおり)

 

□肩書き

 歌手 女優

 

□本名・旧芸名

 安田章子

 

□生年

 1948(昭和23)11.13(蠍座/A型)

 

□出身地

 群馬県桐生市→神奈川県横浜市鶴見区

 

□出身校

 横浜市立豊岡小学校

 洗足学園中等部

 洗足学園高等部

 洗足学園短期大学英文科卒業

 

□略歴(満年齢)

 69年(21歳)「夜明けのスキャット」がヒット。紅白歌合戦初出場。

 73年(25歳)「手紙」で日本レコード大賞最優秀歌唱賞。

 83年(35歳)映画「家族ゲーム」に出演。

 ※他の主なシングル:

  「ルームライト」「東京バビロン」「恋文」

 ※他の主な出演:

  映画 「早春物語」「模倣犯」「魂萌え!」

  ドラマ「遠山の金さん」「チョッちゃん」「ヤマダ一家の辛抱」

      テレビ「ドリフ大爆笑」「コメディーお江戸でござる」

  CM  「松下電器 パットル」「大塚食品 ボンカレー」

 

□趣味

 陶芸 テニス カラオケ ガーデニング

 

□特技

 日舞 ハープ(マイハープを持っている)

 

□特記事項

・姉は安田祥子

■由紀さおり


□幼少時代〜

・父親は飛行機工場の工場長。

・兄、7歳年上の姉(安田祥子)がいる。

・3歳の頃に神奈川県横浜市鶴見区に引っ越した。

・要領が良い子供だった。親に甘えるのが得意だった。

・子供の頃、極度の人見知りだった。母親の姿を見えなくなると泣いていた。

・子供の頃、姉と仲が悪かった。

・小学校時代、勉強が苦手だった。特に算数が苦手だった。

 兄に勉強を教えて貰う時に「考え方はいいから答えだけ教えて」と文句を行った。

・同じ部屋を姉と一緒に使っていた。

・高校時代、よく男性にナンパされた。


■由紀さおり

 

□私生活

・好物…カツ丼。親子丼。卵かけご飯。

 筑前煮。焼鳥の皮。ブロッコリー。

 イタリアンロールケーキ。カフェオレのアイスバー。

 コーヒー。辛いもの。

・嫌いな食べ物…鯉こく。アンチョビ。

・20:00以降に食べる時は量を半分にする。

・若い頃は酒をたくさん飲んだが喉の為に60歳を過ぎてからほぼ禁酒。

 乾杯の時に小さなグラスでビールを少しだけ飲む程度。

・健康法…大豆のプロテイン。レモンとはちみつの養緑素ジュース。

   中国製の喉飴(台湾で購入)。玄米。ウォーキング。

・子宮筋腫の手術を受けて子供が産めない身体になった。

・肌が弱い。日焼けをすると赤くなる。

 顔を洗う時に弱酸性の石鹸を使う。

・喉を冷やさないように夜はガーゼを貼って寝る。

 外出する時にスカーフを愛用。

 コンサートの時は漢方薬を薄めたドリンクを飲む。

 喉を回復させるために5年間禁酒していた。

 数ヵ月に1回声帯に異常がないか時間をかけて診断を受ける。

・毎朝起床後にすぐに体重を計る。

・蚊に刺されやすい。

・モノを捨てられない。

・通販、お取り寄せが大好き。多い時は1週間に3個買う。

・キラキラしたアクセサリーが大好き。

・ストールを100枚以上所有。常に持ち歩いて温度調節する。

・靴が大好き。

・普段はカジュアルな服を着る。

・住んでいる所…東京都新宿区四ツ谷(=00.01現在)。

・いきつけ…

   アクセサリーショップ「アビステ 南青山店」(=15.02現在)。

 無国籍料理レストラン「ルコラ」(西麻布、紅白歌合戦の後の打ち上げに利用)。

 スーパー「丸正」(四谷)。

・日舞を習っている(=18.12現在)。

・神宮外苑のいちょう並木路をよく散歩する。

・自転車に乗れない(=09.11現在)。

 自転車をまたいだだけでバランスを失って転んだ事がある。

・高速道路のサービスエリアが好き。

・北海道で居眠り運転のタクシーに乗った事がある。

・ひとり暮らし(=18.12現在)。

・姪はニューヨークで国連関係の仕事をしている(=11.12現在)。

・アメリカで生活している男性からプロポーズされた事がある。

 歌手をやめてアメリカに行く事を考えたが母親に反対されて断念。


■由紀さおり

 

□人間関係

・秋山竜次…友人。食事仲間。

・市毛良枝、一青窈…友人。

・市川猿之助…由紀の45周年コンサートの演出を担当。

・木村拓哉…パソコンのCMで共演。

・森英恵…コンサートの衣装デザインを担当。

・THE ALFEE…紅白歌合戦で由紀のバックバンド(オンエアには映っていない=76年)。

・ピンク・マルティーニ…共作アルバム「1969」をリリース、全米ツアー(=11年)。

・広川ひかる…由紀のモノマネをする。

・秋山竜次(ロバート)…由紀のファン。

・安田祥子…姉。ソプラノ歌手。

・兄…東工大からマサチューセッツ工科大学に進んだエリート。

・元夫…CMディレクター。69年結婚、82年離婚。

 高1の時に出会って20歳で結婚、7年間の結婚生活、7年半の別居生活を経て離婚。


■由紀さおり

 

□エピソードなど

・姉と一緒にひばり児童合唱団に入団(中3まで在籍)。

   小学校時代から姉と一緒にコロムビアレコード専属の童謡歌手として活躍。

・子供の頃から大人っぽい声だった。

 「自分の声は童謡歌手向きではない」と思っていた。

・童謡歌手の安田姉妹としてアイドル的な人気だった。少女雑誌の表紙になった。

・童謡歌手時代、デパートの屋や遊園地の遊園地の野外ステージの営業が大好きだった。

 母親が作ってくれた着ぐるみ風の衣装でお客さんを笑わせるのが好きだった。 

 レコーディングは大嫌いだった(姉はレコーディングできちんと歌う方が好きだった)。

・高校時代、銀座のジャズクラブでビッグバンドの演奏で前座として歌った。

・高校時代、NHK「みんなでつくろう」に歌のお姉さん役で出演。

 歌を歌いながら子供たちと一緒に工作をした。

・姉と一緒にCM歌手の仕事をたくさんしていた。

 コカコーラ、トヨタカローラ、明治のチョコレートなど300曲以上を担当。

・若い頃は姉と音を表現する事に関する考え方が全く違っていたのでよくケンカした。

・シングル「ヒッチハイク娘」でソロデビュー(青春歌謡曲=65年)。

・デビュー当時、「童謡歌手は大成しない」というジンクスをコンプレックスに思っていた。

・紅白歌合戦に10年連続出場(=69年〜78年)。

・姉が芸大の大学院出なので短大卒業という学歴にコンプレックスを持っていた。

・「夜明けのスキャット」はラジオの深夜放送のテーマソングだった。

・独立して安田音楽事務所を設立(母親が社長=74年)。

・テレビ「8時だヨ! 全員集合」「ドリフ大爆笑」で度々コントに挑戦。

 いかりやからコントの細かいテクニックを教わった。

 オチを任される事があった。

・映画「家族ゲーム」で日本アカデミー賞助演女優賞。

・母親のすすめで姉と一緒に姉妹童謡コンサートをやりはじめた(=85年)。

   多い時の公演数は年間150本以上。

   由紀さおり・安田祥子として紅白歌合戦に10回出場(=89年、93年〜01年)。

 アメリカ・ニューヨークのカーネギーホールでコンサートを開催(=95年)。

 世界9ヵ所をまわるワールドツアーを開催(=00年〜02年)。

 多い時は年間150公演以上。通算公演会数は2000回以上。

 ふたりで歌ったアルバムに「あの時、この歌」「あしたの想い出」がある。

・コンサートで着るドレスはオートクチュール(下着もドレスにあわせたオリジナル)。

・海外のコンサートでは現地の言葉で挨拶をする。

・コンサートでハープを弾きながら歌う。

・自宅を「情報ツウ」で公開(=03年9月5日放送分)。

・ドラマ「時効警察」のナレーションを担当(=06年)。

・60歳を過ぎてからブログをはじめた。毎日更新する(=09.11現在)。

・アルバム「1969」が全米iTunesジャズチャートで1位(=11年)。

・ロックフェス「サマーソニック2016」に出演(THE YELLOW MONKEYと共演)。

・全国の幼稚園で童謡を伝える会を開催。

凡例:19.01現在=2019年1月現在