田淵幸一

田淵幸一


■田淵幸一(たぶち こういち)

 

□肩書き

 プロ野球選手(84年引退)

 プロ野球指導者

 

□本名

 田淵幸一

 

□生年

 1946(昭和21)09.24(天秤座/A型)

 

□出身地

 東京都豊島区目白

 

□出身校

 豊島区立高田中学校

 法政大学第一高校

 法政大学卒業

 

□略歴(満年齢)

 69年(23歳)ドラフト1位で阪神タイガーズに入団。

 79年(33歳)トレードで西武ライオンズに移籍。

 90年(44歳)ダイエーホークスの監督に就任。

 ※入団・移籍・就任は野球シーズン年度

 ※通算成績:

  1739試合、1532安打、.260、474本、1135打点

 ※主なタイトル・表彰:

  本塁打王1回、新人王、ベストナイン5回、ゴールデングラブ賞2回

 ※主な出演:

      映画 「ミスター・ルーキー」

  テレビ「探偵!ナイトスクープ」「オールスター感謝祭」「徹子の部屋」

  CM    「サクラカラー100年プリント」

 

□趣味

 ゴルフ テニス

 

□サイズ

 186㎝ 90㎏

 

□特記事項

・妻はジャネット八田

・長男は田淵裕章

・捕手初の新人王


■田淵幸一

 

□幼少時代〜

・父親は毎日新聞販売部長。※74年他界

・姉が1人いる。

・家は裕福だった。自宅は敷地約200坪。 

 家に当時は珍しかったテレビあった(プロレスや相撲を近所の人が見に来た)。

 庭に井戸があった(夏は水を貯めて水浴びをした)。

 庭に大きな犬小屋があった(犬小屋で犬と一緒に寝た)。

・お坊っちゃまとして育った。 

・近所の学習院大学の構内でよく遊んだ。

 構内の池でザリガニを捕った。

 構内の竹やぶに秘密基地を作った。

 学習院のテニスコートで野球をした。

 自由に出入りできるように塀に穴を開けた。

・近所の椿山荘で夏にホタルを捕った。

・小学校時代、ガキ大将だった。

・中学時代、野球部。

 中3の時、最終回に逆転ホームランを打って部長にカツ丼をおごって貰った。

 そのホームランが中学時代の初ホームラン。

・高校時代、電車通学。

・高校時代の体重は約70㎏。

・大学時代、下級生の時に上級生にさんざんシゴかれた。

 正座させられて2年生に1時間説教された後で3年生に殴られた。

・巨人ファンだった。


■田淵幸一

 

□私生活

・好物…カレーパン。辛いもの(大好物、タバスコを大量に入れる)。

・得意料理…チャーハン。スパゲティ。

・キリンレモンが大好きだった(飲むのをやめたら体重が落ちた)。

・ぬか漬け、松前漬けを自分で漬ける。

・酒は2日続けて飲まないようにしている。

・急性腎炎で入院(=71年)。

・大動脈瘤の手術を受けた(=17年)。

・ペット…犬(名前はロッキー=時期不詳)。

・住んでいる所…東京都杉並区永福(=18.11現在)。

・素顔は人と会うのが嫌い、喋るのが嫌い、目立つのが嫌いな引っ込み思案。

 指導者としてはナンバー2のポジションが性に合った。

 仕事の時は明るいイメージを自己演出している。

・義母は90歳(=17.05現在)。

・妻は結婚するまで一切料理をした事がなかった。

・妻が自宅付近でひったくり被害(=00年)。

 バイクの人物に現金40万円が入ったショルダーバッグを奪われた。

・交際していた女性が産んだ女児を認知(=74年)。


■田淵幸一

 

□人間関係

・星野仙一、山本浩二…親友。ドラフト同期生。大学時代からのライバル。

 星野監督の下で3回一緒に仕事をした(阪神、北京五輪日本代表、楽天)。

・山口洋子…友人。

 山口の銀座の店「姫」をチーム全員で貸し切って優勝祝勝会(=82年)。

・木原光知子…友人。

・山本浩二、富田勲…大学時代に「法政三羽カラス」と呼ばれた。

 大学時代にピッチャー山 本キャチャー田淵」でバッテリーを組んだ事がある。

・江夏豊…阪神時代にバッテリーを組んで「黄金バッテリー」と呼ばれた。 

 江夏のクロスファイヤーをミットを流さずに捕球する為に

   左腕を鍛えた事がバッティングに生きた。

・有藤通世、東尾修、福本豊、星野仙一、山田久志…ドラフト同期生。

・長嶋茂雄…長嶋の紹介でお見合いをした事がある。

 贈り物をすると倍以上の値段のモノをお返しでくれる。

・谷口博子…75年結婚、81年離婚。

・ジャネット八田(八田有加)…モデル、女優。81年結婚。

 お互いに一目惚れだった。

・子供:

 長男…田淵裕章。81.11.09誕生。フジテレビアナウンサー。

 次男…帝次。中3(=98年現在)。

 ※孫が3人いる(=17.05現在)


■田淵幸一

 

□エピソードなど

・志望球団は巨人だったが阪神に1位指名され、ドラフト直後は交渉にも応じなかった。 

・プロ初安打はホームラン(=69.04.13対大洋戦)。

・外木場義郎から左こめかみにデッドボールを受けて生死の境をさまよった(=70年)。

 ※それ以降「耳隠し付き」のヘルメットが使用されるようになった

・下半身手動で軸回転を意識したスイングをマスターした。

・入団当初は均整のとれた体だったが5年目頃から太りはじめた。

・通算ホームラン474本。

 年間ホームラン30本以上8回(うち3回は40本以上)。

・西武時代に2年連続日本シリーズ優勝(=82年、83年)。

・5年間解説者時代、アメリカでメジャーリーグ以外の様々なスポーツを観戦。

 特にアメリカンフットボールに関心を持った。

・毎朝全試合の経過やデータを細かくノートにつける。自宅の一室は野球資料室。

・トロフィーや記念品に執着がない。

 新人賞やホームラン王の時のものも捨ててしまった。

・いしいひさいちのマンガ「がんばれ!! タブチくん!! 」のモデル。

凡例:20.01現在=2020年1月現在