清宮幸太郎

清宮幸太郎


■清宮幸太郎(きよみや こうたろう)

 

□肩書き

 プロ野球選手

 

□所属チーム

 北海道日本ハムファイターズ(18年〜)

 

□本名

 清宮幸太郎

 

□生年

 1999(平成11)05.25(双子座)

 

□出身地

 東京都

 

□出身校

 早稲田実業高校

 

□略歴(満年齢)

 15年(16歳)夏の甲子園に出場。

 18年(19歳)ドラフト1位で北海道日本ハムファイターズに入団。

 

□サイズ

 184㎝ 97㎏(=15.07現在) 靴のサイズ31㎝

 

□特記事項

・父親は清宮克幸

・高校時通算ホームラン111本(新記録)

■清宮幸太郎

 

□幼少時代〜

・父親は元ラグビー日本代表選手の清宮克幸。早稲田大学出身。

 引退後に監督して早大、サントリー、ヤマハで優勝。

・毋親はゴルフをやっていた(慶応大学ゴルフ部主将)。

・生まれた時の体重は約3800グラム。

・弟がいる。

・習いごと…ラグビー(4歳〜小4)。水泳。スキー。

・わんぱく相撲で区大会4連覇。

・小1の時、甲子園球場で斎藤佑樹が優勝する試合を観て野球に心を奪われた。

・小3の時、野球「オール麻布」でを始めた。

 父親と一緒に数チームを見学してあえてレギュラー奪取が難しそうなチームを選んだ。

 小3の時に小4のチームに加わって試合に出場。

・小4まで野球とラグビーを両方やっていた。

・小4の時、相撲の東京都大会で納谷幸之介と対戦して敗れた。

・父親に「野球で一番になれないならラグビーをやれ」と言われていた。

・東京北砂リトル時代の通算ホームランは132本。

・中学時代、調布シニアに所属。

・中学時代、毎日牛乳を1ℓ以上飲んだ。 

 炭酸飲料は飲まず、ジャンクフードの類は控えた。

・中学時代から木製バットを使っていた。

・中1の時の身長は180㎝以上。

・中1の時、アメリカで開催されたリトルリーグ世界選手権優勝。

 4番エースで5試合で12打数8安打6打点3本塁打、投手として2勝。

 94mの特大ホームランを打った。

 現地メディアに「和製ベーブ・ルース」と称された。

・調布シニア時代、全国大会優勝。

・自宅の地下にコンクリート打ちっぱなしのバッティング練習部屋があった。

・高1の時、夏の甲子園で2試合連続ホームラン。

 ※1年生の2試合連続ホームランは史上2人目

・高校3年間で111本塁打(新記録)。


■清宮幸太郎

 

□私生活

・好物…パスタ。ピザ。

・急性胃腸炎で点滴治療(=18年2月)。

・限局性腹膜炎で約2週間入院(食事制限で約8㎏体重が落ちた=18年3月)。

・右肘炎症で約1ヵ月実戦を離れた(=18年7月〜8月)。

・空振りした時に右手有鈎骨を骨折(骨片除去手術を受けた=19年2月)。

・阪神タイガースのファン(父親と弟も阪神ファン)。

 

□人間関係

・小宮山悟…家族ぐるみのつきあい。父親と早稲田大学の同級生。

 小5の頃からアドバイスを受けている。

・リトル清宮…清宮のモノマネをする。


■清宮幸太郎

 

□エピソードなど

・東京ドームの日本シリーズで始球式を務めた(ジャイアンツvsファイターズ=12年)。

・右投げ左打ち。

・「インタビューで”がんばります”とか当たり前の事は言うな」と父親からよく言われていた。

・練習後に披露緩和の為に交代浴(お湯と水風呂に交互に漬かる)を行う。

・春季東京都大会決勝で2打席連続ホームラン(日大三高戦=17.04.27)。

 17-14でリードされていた9回裏に同点スリーラン(野球人生初のガッツポーズ)。

 試合は延長12回18x-17で早実が勝利。

・ドラフト会議で7球団から1位指名された(日本ハムが交渉権獲得)。

 高校生の7球団競合は史上最多タイ。

・明るく元気に野球を楽しむ事をモットーにしている。

・登場曲は映画「STAR WARS」のテーマ。

・プロ初打席初安打(センターオーバー・フェンス直撃のツーベース=18年)。

・デビュー戦から7試合連続安打(ドラフト制後の新人最多記録=18年)。

・高卒新人として25年ぶりの本塁打を含む猛打賞(前回は93年松井=18.08.25vs楽天)。

・高卒新人として史上2人目の2試合連続猛打賞(1人目は88年立浪=18.08.25vs楽天)。

凡例:20.01現在=2020年1月現在