永島敏行

永島敏行


■永島敏行(ながしま としゆき)

 

□肩書き

 俳優

 

□本名

 永島敏行

 

□生年

 1956(昭和31)10.21(天秤座/O型)

 

□出身地

 千葉県千葉市

 

□出身校

 千葉市立蘇我小学校

 千葉市立蘇我中学校

 千葉市立千葉高校 

 専修大学文学部人文学科卒業(=79年)

 

□略歴(満年齢)

 78年(22歳)映画「サード」に主演。

 81年(25歳)映画「遠雷」に主演。

 88年(32歳)映画「異人たちとの夏」に出演。

 ※他の主な出演:

  舞台 「怒りのぶどう」「大阪から来た女」「ナスターシャ」

  映画 「幸福」「連合艦隊」「午後の遺言状」

  ドラマ「獅子の時代」「新宿鮫」「毛利元就」

  テレビ「秘密のケンミンSHOW」

 

□趣味

 料理 花札 畑仕事、米作り 草野球 水泳 

 

□特技

 英会話 野球 ハエをゴムで落とす

 

□サイズ

 180㎝

■永島敏行


□幼少時代〜

・実家は客室20室の旅館「玉屋旅館」。

・父親は元競輪選手。転戦中に泊まった旅館で母親を見初めて婿養子になった。

・4歳年上の姉がいる。

・自然の中で遊ぶのが好きだった。

・子供の頃から親のすすめで良く映画を観ていた。

・姉が幼稚園に行く途中で交通事故に遇って大怪我をしたので幼稚園に行かせて貰えなかった。

 子供の頃は旅館の庭でしか遊ばせて貰えなかった。

・子供の頃、両親が夫婦ケンカをすると父親と一緒の近所のビリヤード場所へ行った。

 母親の怒りのほとぼりが冷めた頃を見計らって帰った。

・小学校に入りたての頃は団体生活になじめなくて引っ込み思案だった。

 野球をやりはじめてから性格が明るくなった。

・小学校時代、学級委員を務めた。

・小学校時代、親に「勉強するな」と言われていたので家ではほとんど勉強しなかった。

・小学校時代、食事の用意など旅館の手伝いを良くさせられた。

・中学時代、野球部。

・中学時代、学校が荒れている時期で不良がたくさんいた。

 授業中に酒を飲んでいる生徒がいた。自分も職員室に花火を打ち込むなどのイタズラをした。

・高校時代、友人と一緒に夜遅くまで勉強をしていると、

 父親が「遅くまで勉強すると体に悪いぞ。それより一杯飲め」とビールを持ってきてくれた。

・高校時代、野球部。キャプテンで4番バッター。野球で誘われて大学に入った。

・大学時代、野球部に入る。

・大学時代、年間約100本映画を観た。

・運転免許を取るまで「右」「左」がよく判っていなかった。

・若い頃、スウェーデンの某ポルノ女優が大好きだった。

・競輪選手になりたいと思っていた。

■永島敏行

 

□私生活

・好物…そば(時々自分で打つ)。海老。葉唐辛子の佃煮。

 めひび(わかめの根の部分)。

・得意料理…中華。おでん。

・家にいる時は料理をする。子供の頃から料理をしていた。

・健康法…五穀米。スクワット。シコ踏み。インナーマッスルを鍛える体操。

・体がやわらかく、180℃開脚で胸を床に付ける事ができる。

・閉所恐怖症。

 ライフマスク作り、MRIでパニックになった事がある。

 ドアを開けたままトイレを使う。

・脱いだ服を片付けるのが苦手。

・銅でできた火鉢を愛用。

・好きな本…三島由紀夫「春の雪」。

・自宅の1階の床は石張りで床暖房。

・家庭菜園でシソ、唐辛子、生姜、ハーブを栽培。

 雑草や生ゴミを使って作った堆肥を使用。

・秋田県十文字村、千葉県成田市、長野県、熊本県南阿蘇で農業をやっている。

 毎年米を作る(コシヒカリとあきたこまち)。

 子供を連れて行って田植えを体験させた。

 田植えの前に田んぼでビーチフラッグをする。

 毎年田植えのスケジュールを確定してから仕事を入れる。

・鳥を見るのが好き。庭に来る鳥にエサをあげる。

・プロ野球・千葉ロッテマリーンズのファン。

・草野球でキャッチャーをやってド素人のピッチャーをリードするのが好き。

 自分のリードで無失点に抑える事に喜びを感じる。

・本格的な球場を使った草野球の大会「永島敏行杯」を主催。


■永島敏行

 

□人間関係

・塩谷瞬…友人。映画「出口のない海」で共演。

・蟹江敬三、近藤芳正、高橋克実、段田安則、堤真一、寺島進、

 寺脇康文、八嶋智人…友人。草野球仲間。

・石田えり…友人。映画「遠雷」で共演して激しいラブシーン。

・高知東生、坂口良子…友人。

・坂口良子…友人。

・北沢豪…永島の妻の妹と北沢の妻が友人。

・森下愛子…映画「サード」で共演。

・秋吉久美子…映画「透光の樹」で共演して濃厚なベッドシーン。

・高倉健…映画「駅 STATION」で共演時に高倉から貰ったスペイン製のバッグを愛用。

・長嶋茂雄…子供の頃から憧れていた。

・藤原正樹…大学時代の友人。秋田県十文字村で農家をやっている。

 ※「ウチくる!?」に出演(=06年2月26日放送分)

・勝俣隆夫…親友。大学の野球部の同期生。

 ※「素顔がイイねっ!」に出演(=05年7月16日放送分)

・元妻…79年結婚、?年離婚(半年で離婚)。

・典子…89.02.10結婚。

・子供:

 長女…果奈。90年誕生。

■永島敏行

 

□エピソードなど

・オーディションに合格して映画「ドカベン」に出演(=77年)。

 父親が勝手にオーディションに応募した。

・映画「ドカベン」は緊張でロボットのようにぎこちない演技しかできなかった。

 毎日のようにスタッフに「やめてしまえ!」と言われた。

 試写で自分の演技を客観的に見て「こんなに下手なヤツが映画に出ていいのか」と感じた。

 誰にも見られたくなかったので「上映館全てが火事になればいいのに」と思った。

・「俳優を5年やって駄目だったら旅館を継げ」と親に言われていた。

・映画「サード」の台詞は監督と共演者と一緒に現場で組み立てた。

 脚本には台詞が書かれていなかった。

・映画「サード」で新人賞を多数受賞。

・映画「遠雷」で日本アカデミー主演男優賞など数々の賞を受賞。

・映画「遠雷」のビニールハウスの中でのラブシーンの撮影の本番直前、

 ハウスの持ち主が「うちの神聖なハウスの中でそんな不純な事をしては困る」

 と言い出して裸のまま待たされた挙句に撮影中止になった(別のハウスを使った)。

・イギリスに約4ヵ月演劇留学(=88年)。

・イギリスの劇作家の家にホームステイした事がある(上記の留学時?)。

・戦争映画に軍人役で数多く出演、「戦争映画に永島あり」と言われた。

・友人と一緒に毎年秋田県十文字村で十文字映画祭を主催。

・舞台の楽屋に調理器具を持ち込んで料理をする。

・銀座の青空市場をプロデュース(産地直送品を販売)。

・ボランティアで雪かきの手伝いをした(=06年)。

・天然かき氷を出す店を経営(=15.09現在)。

・将来の夢は映画製作。

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