松原智恵子

松原智恵子

■松原智恵子(まつばら ちえこ)

 

□肩書き

 女優

 

□本名

 漆原智恵子

 

□生年

 1945(昭和20)01.06(山羊座/O型)

 

□出身地

 愛知県名古屋市

 

□出身校

 名古屋市立道徳小学校

 名古屋市立大江中学校

 名古屋市立桜台高校→私立菊華高校

 明治大学第二文学部英文科中退

 

□略歴(満年齢)

 66年(21歳)映画「東京流れ者」出演。

 70年(25歳)ドラマ「時間ですよ」出演。

 95年(50歳)大河ドラマ「八代将軍吉宗」出演。

 ※他の主な出演:

  舞台   「放浪記」「おんな忠臣蔵」「お見津」

  映画   「戦争と人間」「新仁義なき戦い 組長最後の日」「Dolls」

  ドラマ「山のかなたに」「ある日わたしは」「奇跡の人」

  テレビ「明石家マンション物語」

 

□趣味

 ピアノ 家庭菜園 海外旅行

 

□特技

 日舞 乗馬

松原千恵子(20歳前後?)
松原千恵子(20歳前後?)

■松原智恵子

 

□幼少時代〜

・父親はアパート、旅館、銭湯などを経営。

・戦争中に一家が名古屋から疎開していた岐阜県揖斐郡池田町で生まれた。

・赤ん坊の頃、「こんなかわいい赤ちゃんは見た事がない」と近所で話題になった。

・兄が1人、姉が2人いる。

・美人三姉妹として近所で評判だった。

・家族旅行で列車が混んでいると網棚に乗せられた。

・習いごと…日舞。

・小学校時代、成績優秀だった。将来医者になりたいと思っていた。

 父親が「医者になるなら病院を建ててやるぞ」と言ってくれた。

・家はとても裕福だった。

 近所のいきつけの銭湯が引っ越す事になったので父親がその銭湯を購入した。

・中3の時、伊勢湾台風による洪水で1階が床上浸水、家財道具の大半が流された。

・中学時代、ラブレターを山のように貰った。気にいったひとりにだけ返事を書いた。

・高校時代、放送部。

・高校時代、外語大に進学してスチュワーデスになろうと思っていた。

・高校を5年かけて卒業。

・大学に7年間在籍(中退)。


■松原智恵子

 

□私生活

・好物…梅干し。なすのぬか漬け。トマト(スライスして何もつけずに食べる)。

 野菜(手を加えずそのまま食べるのが好き)。おに饅頭。おはぎ。タルト。

 お茶。甘いもの。

・嫌いな食べ物…このわた。アルファルファ(青臭さが駄目)。

・すし酢でピクルスを漬ける。

・酒は飲めない。

・健康法…ヨーグルト。バランスボール(自宅でテレビを見ながら)。エアロバイク。

・55歳から花粉症になった。

・食べても太らないタイプ。

・握力が強い。

・オフの時は夜更かしをして朝寝坊をする。

・好きなテレビゲーム…Nintendo DS「脳トレ」。

・家事は全てお手伝いさんまかせ。

 食事の献立は自分で考える。

 自分で作れるのは卵焼き程度。

・自宅の庭でトマト、なすび、きゅうり、ししとう、カイワレなどを作っている。

・住んでいる所…東京都練馬区(=92.05現在)。

・住んでいた所…東京都調布市。

・温泉付きの別荘を持っている。

・足腰を鍛える為に日舞を習っている。

・ピアノを習っている(=04.02現在)。

・中日ドラゴンズのファン。

・若い頃にスピード違反でつかまった事がある。

・ガラス扉に顔からぶつかった事がある。

・海外旅行で遺跡を見るのが好き。特に東南アジアの遺跡が好き。

・高い所が平気。

・よく名古屋の実家に帰る。

・女優としてデビューしたお祝いに父親が家とクルマをプレゼントしてくれた。

・2階の雨戸を外から入れようとした父親が台風による突風で転落して他界(=62年)。

・ハネムーン旅行でヨーロッパ、アフリカ、アジアを車で廻った。走行距離30000㎞。 

 サハラ砂漠で洪水に遭遇してクルマごと飲み込まれそうになった。

・「子供はうつぶせに寝かせると頭の形が良くなる」と聞いて長男に実践したが、

 ふと気が付くと呼吸が止まっていた。

・子供の学校に送り迎えの為に電車やバスに乗るようになった。

・イギリスに留学していた長男とのやりとりの為にメールを覚えた。

・長男が自宅にいる時にオレオレ詐欺の電話がかかってきた事がある。

・長男は医師。

・家でよく夫に甘える。よく夫に「私より先に死なないでね」と言う。


■松原智恵子

 

□人間関係

・音無美紀子…友人。若い頃からの仲。

 音無の方が年下だが姉のような存在。

・芦川いづみ…友人。日活時代からの仲。

・高橋英樹…友人。日活の同期。

・明石家さんま、東野幸治、YOU

 …テレビ「明石家マンション物語」で共演。

・松原智恵子…日活時代に恋人役で多数共演。

・高橋英樹、和田浩治、浜田光夫、中尾彬、渡哲也、藤竜也、津川雅彦、

 赤木圭一郎、小林旭、川地民夫、岡田真澄、石原裕次郎、長門裕之、

 宍戸錠、野呂圭介、名和宏、二谷英明、

 和泉雅子、梶芽衣子、吉永小百合、松原智恵子、松尾嘉代、山本陽子、

 笹森礼子、浅丘ルリ子、白木万理、芦川いづみ、北原三枝、南田洋子

 …日活出身(年齢順)。

・高橋英樹、松尾嘉代、中尾彬…日活第5期ニューフェースの同期生。

・吉永小百合、和泉雅子…デビュー当時に「日活3人娘」として売り出された。

・渡哲也…日活時代に数多くの映画で共演。

・鈴木るり子(一般人?)…日活時代からの親友。

 ※「素顔が一番」に出演(=02年)

・黒木純一郎…ルポライター。72年結婚。

 雑誌の取材で知り合った。5年間交際して結婚。

・子供:

 長男…謙太郎。84年5月誕生。イギリスに留学していた。


■松原智恵子

 

□エピソードなど

・ミス16歳コンテストの中部代表に選出(=60年)。

 ふたりの姉がよくミスコンに入賞していた(ミス名古屋、ミス海の女王など)ので、 

 姉への対抗意識と副賞の東京旅行に魅かれてミス16歳コンテストに応募した。

 特に女優になりたいと思っていたわけではなかった。

 コンテストの副賞の東京旅行の一環で日活撮影所を見学中にスカウトされた。

 スカウトされてすぐカメラテストを受けた。

・新人時代、石原裕次郎を衣装係と間違えて「衣装を出して下さい」と頼んでしまった。

 ※石原が当時はスタッフしかはいていなかったジーンズをはいていたので勘違い

・シングル「泣いてもいいかしら」で歌手デビュー(=67年)。

・ブロマイド売上女優部門第1位(=67年)。

・デビュー後10年間で約100本の映画に出演。

・台湾で行われたアジア映画祭にゲストで出席した時、

 搭乗予定の台湾の国内便が事故で墜落して死亡説が流れた。

 日活の専務のひと声で飛行機をやめて電車で移動していたので命拾いした。

・日活時代、10代は青春映画、20代は仁侠映画に数多く出演。

・20代の頃はテレビと映画のかけもちで寝るのは移動中という忙しさだった。

 ファンレターが毎日100通以上来た。

・テレビ映画「ある日わたしは」が視聴率40%以上を記録。

・吉永小百合、酒井和歌子をおさえてプロマイド売り上げ第1位(=67年)。

・映画「死に花」でベッドシーンに挑戦。

・ドラマで死ぬ役を撮影中に寝てしまった事がある。

・10代の頃から老け顔と言われていた。 

 50歳を過ぎても「若い頃と雰囲気が変わらない」とよく言われた。