朝丘雪路

朝丘雪路

関連項目:物故者 2018年他界


■朝丘雪路(あさおか ゆきじ)

 

□肩書き

 女優 歌手 舞踏家

 

□所属

 宝塚歌劇団(52年〜55年)

 松竹(55年〜59年)

 

□本名(旧姓)

 勝田雪会

 

□別名

 深水美智雪(日舞深水流家元名)

 

□生年

 1935(昭和10)07.23(獅子座/B型)

 

□没年

 2018(平成30)04.27(享年82)

 

□出身地

 東京都中央区築地

 

□出身校

 中央区立泰明小学校

 山脇学園中学校

 

□略歴

 52年(17歳)宝塚歌劇団に入団(→55年退団)。

 66年(31歳)テレビ「11PM」に出演。

 93年(56歳)朝ドラ「ええにょぼ」に出演。

 ※他の主な出演:

  舞台 「人間万歳」

  映画 「嵐を呼ぶ男」「三百六十五夜」「極道の妻たち リベンジ」

  ドラマ「スチュワーデス物語」「風のハルカ」「女検事霞夕子シリーズ」

  テレビ「夜のヒットスタジオ」「三枝の愛ラブ!爆笑クリニック」「ジャングルTV」

  CM  「CR天才バカボン」「ソフトバンクモバイル」「エースコック スープはるさめ」

 ※主なシングル:

  「ふり向いてもくれない」「スキャンドール」「雨がやんだら」

      

□趣味

 映画観賞 絵画鑑賞 三味線

 

□特技

 編み物 日舞(日舞深水流初代家元)

 

□特記事項

・夫は津川雅彦

・長女は真由子

■朝丘雪路


□幼少時代〜

・父親は日本画家(美人画)の伊東深水。

・母親は元芸妓、結婚後に築地で料亭を経営。

・兄と弟がいる。

・家は裕福だった。築地の大きな3階建ての家に住んでいた。

 父親に執事、母親と子供には各々ばあやとねえやがついていた。

・父親は月に1回昭和天皇と食事していた。

・父親に溺愛されて育った。

・習い事…花柳流の日舞(3歳〜)。洋舞。音楽。

 習い事の先生は全員超一流だった。

・子供の頃は身体が弱かった。

・小学校時代、ばあやとねえやと一緒に人力車で登下校した。

 授業中ばあやとねえやは用務員室で待っていた。

・田舎に疎開中、小学校の土の校庭が嫌で登校拒否になった。

   ※もともと通っていた小学校の校庭はアスファルトだった

・中3の時、下校途中に友人の家に寄ったがひとりで家に帰る方法が判らなくて大騒ぎになった。

・15歳の頃にバストが大きくなりだした。

■朝丘雪路

 

□私生活

・好物…バラ寿司(大好物)。わらび餅。

 焼鳥。ふぐ(一番の大好物、子供のころはふぐしか食べられなかった)。

 フカヒレ。バームクーヘン(油・防腐剤なし)。懐石料理。和食。甘いもの。

・嫌いな食べ物…なまもの。血のしたたる肉。レバー。

・酒はほとんど飲めない。

・健康法…呼吸法。ストレッチ。

・晩年アルツハイマー型認知症を患った。

・油抜きの食事で5日で3㎏ダイエット(=02年)。

・大きすぎるバスト(Fカップ)は若い頃からコンプレックス。

 体重が減ってもバストはやせない。

・風邪をひいた時は焼いた塩をガーゼにくるんで喉に巻く。

・家事はほとんどしない。

・お笑いが大好き。

・自宅の風呂場は4畳半くらいの広さ。ジェットバスがある。

・着物が好き。

・お手伝いさんが5人いる(うち4人は住み込み=02.02現在)。

・ペット…犬(=02.02現在)。

・住んでいる所…東京都世田谷区野沢(=96年現在)。

・いきつけ:

 上海料理「泰山」(三笠会館、シェフは朝丘のファンでサービスしてくれる)。

 お好み焼き「葉名麦」(銀座、夫と一緒に行く、津川焼というメニューがある)。

 焼鳥「鳥繁」(銀座、父親の代から通っている)。

 料亭「竹葉亭」(銀座、父親の代から通っている)。

 ふぐ「大漁」(墨田区向島、週1ペースで行く)。

・ツケで食べられるなじみの店が都内に100軒以上ある。

・銀座が大好き。週に1回は銀座に行く。銀座で買い物する時は親の代からツケ。

・愛車…赤いリムジン(=05.06現在)。

・生まれてから海に入った事が一度もない(=11.11現在)。

・桜が好き。

・常に付き人と一緒に過ごす。自分で傘をさした事がない。現金を自分で持った事がない。

 ひとりで喫茶店に入った事がない。電車の乗り方、ATM、FAXの使い方が判らない。

・自動販売機に話しかけた事がある。

・父親が亡くなる迄一緒にお風呂に入っていた(35歳過ぎまで)。

・長女を出産した時、母乳が出なかったので津川が買ってきた漢方薬を飲んだら、

 バストが腫れて痛みでパジャマも着れなくなった。

・長女が子供の頃の津川は仕事に恵まれない時期だったので子育てに積極的に参加。

・長女が身代金目当てに誘拐された(2日後に無事保護=74年)。

・長女の父兄参観に津川が出席。

・仕事でのキスシーンが人生のファーストキスだった(21歳)。

・20代半ばの頃に歌舞伎俳優と交際。

・津川と交際当初は長門裕之、岡田真澄と一緒のグループ交際だった。

・津川が3日連続実家に来てプロポーズされた。

 実家の前に停めたクルマで寝泊りして仕事に行っていた。

・津川に「あなたの声の一言一言は口から出る真珠のようだ」と口説かれた。

・津川が当時の日記に「本命は松竹の朝丘雪路。顔はともかく心が良い」

 と書いたのを後に発見して「顔はともかくとは何よ」と怒った。

・津川と結婚するまではひとりで外出をした事がなく、財布を持った事もなかった。

・津川と一緒にいる時はノーメイク。津川は「20歳若く見える」と言ってくれる。

・津川の浮気に関するコメント…

 「浮気しない男なんていませんよ。特殊な男性以外は全部浮気をして当たり前」。

・津川は芸者と遊ぶ時に長女を連れて行った。

・津川を「まさひこさん」と呼ぶのは長くて面倒なので「まあ」と呼んでいる。

・津川が怒った時は(理由が判らなくても)とりあえず謝る。

・トルコ風呂の事をサウナ風呂だと思い込んでいて、

 テレビ「11PM」で話題になった時に「うちの津川がよく行くんです」と言ってしまった。


■朝丘雪路

 

□人間関係

・乙葉、山口もえ…友人。よく3人で食事をする。

・桂文枝…友人。メル友。舞台で何度も共演。桂は朝丘のファンだった。

・神田うの、工藤夕貴、柴田倫世、千秋、松島尚美…友人。

・大仁田厚、モンキッキー、矢田茂(洋舞家)…友人。

・橋本龍太郎…20代の頃からの友人。※故人

・緒形拳…若い頃は仲が良かった。

・山本譲二…カラオケの師匠。

・多岐川裕美…山脇学園中学校の後輩。

・神田正輝…神田の母親と仲が良かった。神田が子供の頃にお年玉をあげた。

・美輪明宏…若い頃にボーイフレンドを取りあった。

・大橋巨泉…テレビ「11PM」の司会で長年共演。

 「ボイン」という言葉は朝丘のバストに肩が触れた時に巨泉が使った擬音が語源。

・野田義治…昔のマネージャー。

・花柳三之輔…日舞花柳流の師匠。

・堤大二郎、Dr.コパ、雛形あきこ、後藤久美子、五十嵐めぐみ、

 増田恵子、榊原ルミ、デヴィ夫人…日舞深水流の弟子。

・君島十和子…朝丘を女優として尊敬している。舞台で共演。

・反町隆史…憧れている芸能人。

・長門裕之…義理の兄。私生活でのファーストキスの相手。

 結婚を申込みに来た時に薄汚れた穴のあいた靴下を見て母親が反対して結婚できなかった。

・元夫…医師(滋恵医大病院勤務)。67年結婚、?年離婚。お見合い結婚。

 週刊誌に掲載された津川との交際に関する記事が原因で離婚。

 「女優を辞めなければ離婚」と言われて冗談だと思っていたが、

 地方から帰ると居なくなっていた。

・津川雅彦…73.05.28挙式。4歳年下。

・子供:

 長女…真由子。74.03.18誕生。女優。

 ※他に元夫の間に一子(離婚後元夫がひきとった)

■朝丘雪路

 

□エピソードなど

・花嫁修業の為に父親の勧めで宝塚を受験した。

・宝塚音楽学校時代、お嬢様育ちで家事を一切した事がなかったのでとても苦労した。

 先輩のナイロンの下着にアイロンをかけて熱で溶かしてしまった。

・宝塚時代、「深水の子」として別格扱いだった為、

 上級生から舞台衣装を隠されるなど様々なイジメにあった。

・「誰にも踏まれていない朝の丘の雪の路のように初々しくあるように」という意味をこめて

 父親が宝塚入学時に「朝丘雪路」という芸名をつけてくれた。

・宝塚時代、3000円の給料をスリに取られてれて落ち込んでいたら父親が3万円くれた。

・宝塚時代、娘役を演じる為に大きなバストを隠すのに苦労。

・父親に「寂しいから帰って来い」と言われて宝塚を退団。

・20代前半の頃、アルバム「男と女」をリリース。

・アメリカのテレビ番組「ダイナ・ショアショー」に出演(=60年)。

 ※「はなまるマーケット」がVTRを紹介(=09年11月16日放送分)

・20代の頃、昼は映画や舞台、夜はテレビ(生放送のレギュラーが13本)で超多忙。

 睡眠時間は2〜3時間。毎日肝油を飲んで体力をつけていた。

・若い頃のドラマは廻しっぱなしの一発収録。

 NGになりそうでも途中でやめずにどうにか工夫して修正した。

・シングル「雨がやんだら」がヒット(=70年)。

・紅白歌合戦に10回出場。

・テレビ「巨泉・前武のゲバゲバ60分」でコントに挑戦。

・テレビ「11PM」にアシスタントとして出演(=66年〜82年)。

 ロケでプールから上がった瞬間に水着が取れてしまった事がある。

・ビデオ「涼という女」でヌードを披露(=92年)。

・自伝「雪の結晶」を出版(=95年)。

・第1回フィレンツェ日本文化交流フェスタ日本舞踊の代表として参加(=99年)。

・舞台中に3階位の高さから落ちたが分厚い衣装がクッションになって無傷だった事がある。

・日舞の深水流の弟子は下は2歳、上は80歳まで2000人。

 練習ではロック、タンゴ、ボレロで踊りの基礎を身につける。

 発表会でロックで踊ることもある。

 踊りの発表会を1年おきに歌舞伎座で開催。

・自宅を「情報ツウ」で公開(=04年1月5日放送分)。

・着物ブランド「花雪路」をプロデュース(自らデザイン)。

・雪で飛行機が遅れて「笑っていいとも!」のテレフォンショッキングを欠席した事がある。

凡例:18.01現在=2018年1月現在

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