岡田茉莉子

岡田茉莉子


■岡田茉莉子(おかだ まりこ)

 

□肩書き

 女優

 

□本名(旧姓)

 田中鞠子

 

□生年

 1933(昭和08)01.11(山羊座/A型)

 

□出身地

 東京都渋谷区

 

□出身校

 青葉幼稚園

 東京市赤松尋常小学校 

   香蘭高等女学校→新潟市立高等女学校

 

□略歴(満年齢)

 58年(25歳)映画「悪女の季節」出演。

 62年(29歳)映画「秋津温泉」出演。

 67年(34歳)大河ドラマ「三姉妹」主演。

 ※他の主な出演:

  舞台 「女徳」「春琴抄」「濹東綺譚」

  映画 「舞姫」「秋日和」「秋刀魚の味」

  ドラマ「細雪」「楡家の人びと」「元禄太平記」

  テレビ「徹子の部屋」「誘われて二人旅」「爆報! THE フライデー」

 

□趣味

 読書 野球観戦 サッカー観戦 ボクシング観戦

 

□特記事項

・父親は岡田時彦

・母親は田鶴園子

・夫は吉田喜重


■岡田茉莉子

 

□幼少時代〜

・父親は俳優の岡田時彦。昭和初期の代表的な二枚目スター。

・母親は宝塚女優の田鶴園子。男役のスター。

・1歳の時、父親が肺結核で他界(享年30)。

・幼児の頃にピンクの洋服を着て乳母車に乗せられて宝塚大劇場の舞台に立った

 (朧げな記憶がある)。

・習いごと…琴。三味線。日舞。ピアノ。バレエ。

・母親の躾はとても厳しかった。

・母親は生命保険の外交員として働いていた。

 叔母(母親の妹、元宝塚女優)が生活の面倒を見てくれた。

・子供の頃から読書が好きだった。

 叔父の書斎に本がたくさんあり、「勝手に読みたい本を読んでいい」と言われていた。

 中学時代に志賀直哉「暗夜行路」を読んで泣いていた。

・小学校時代、無口で人見知りが激しかった。いじめられて登校拒否になった。

 母親に校門まで見送られてそのまま裏門から出て母親より先に家に帰った事があった。

・小学校時代、病弱だった。ジフテリア(法定伝染病)など様々な病気になった。

 よく学校を休んで寝込んだ。小2の時は殆ど学校に行けなかった。

・小学校時代、母親の命令で髪の毛は刈り上げ、服は地味な色を基調にしたパンツルックだった。

・小3〜小4の時、叔母の結婚に伴って母親と一緒に大阪に引っ越して母方の祖父と同居。

・小4の夏から約半年間、母親と一緒に上海の日本人居留地で暮らした。

・小5の時、上海から帰国して叔父夫婦(叔母の嫁ぎ先)に預けられた。

 母親は何も告げずにひとりで上海に戻った(戦後まで約2年間殆ど音信不通だった)。

 ※叔父は東宝の山本紫朗(文芸部→新潟宝塚劇場支配人→砧撮影所プロデューサー)

・小6の時、集団疎開に参加(静岡市)。

 集団疎開の集団生活で人見知りと食べ物の好き嫌いが次第になくなった。

・高等女学校時代、叔父夫婦と一緒に新潟に縁故疎開(香蘭女学校は2週間しか通えなかった)。

 授業中に空襲警報が鳴って机の下に隠れて機銃掃射の音を聞いた事があった(死を意識した)。

 片道4㎞の雪道を歩いて登校して体が丈夫になった(運動会の100m競走で全校1位になった)。

 地元の生徒と仲良くなる為に越後弁を勉強した。

 叔父夫婦が東京に戻った後も高校卒業まで新潟で暮らした(6年間)。

・高校時代、東京から赴任してきた先生に憧れて新設の演劇部に入った。 

 部長としてヒロインを務めた「夕霧」で県の演劇コンクールで優勝。

 舞台衣装を買う為に夏休みに百貨店(紳士物売り場)、冬休みに喫茶店でアルバイトをした。

・高2の時、父親が出演した映画「滝の白糸」を友人と一緒に偶然映画館で観た。

 その話を夕食の席で話した時に父親の事を初めて母親から教えられた。


■岡田茉莉子

 

□私生活

・好物…魚。貝類。和食。

・決まった時間に食事を摂らないと落ち着かない(朝8:00、昼12:00、夜6:00)。

・食材のお取り寄せをよく利用する。

・酒が好き。好きな酒はシャンパン。

・健康法…寝昆布水(30年以上毎朝飲んでいる、海外にも持って行く=16.11現在)。

 スポーツジム。ストレッチ体操。

・高所恐怖症。

・好きな音楽…ジャズ。

・好きなミュージシャン…ナット・キング・コール。

・ガラス製品が大好き。

・好きなブランド…ハナエモリ。

・住んでいる所…東京都・目黒(マンション=08年現在)。

・住んでいた所…東京都目黒区八雲。東京都・青山。東京都・原宿。

・阪神ファン。

・10代の頃は男性恐怖症だった。

・結婚式を挙げたドイツ・ミュンヘン近郊のホテルに50年ぶりに訪れた。

 夫がネットで航空券、ホテル、現地の美容室などを手配してくれた。

・夫の為にブドウの皮をむいてあげる。


■岡田茉莉子

 

□人間関係

・池部良…初キスシーンの相手役。

・佐田啓二…恋人役・夫婦役で多数共演。

・木下恵介、田中絹代…仲人。

・小津安二郎…小津監督作品に数回出演。

 撮影が終わると横浜のグランドホテルで食事してダンスホールで一緒に踊った。

・谷崎潤一郎…父親の芸名、自分の芸名(茉莉子)の名付け親。

・若尾文子…同い年。ともに女学校時代に地方に疎開。

・森英恵…映画衣装のデザインを担当。

・吉田喜重…映画監督。64.06.21ドイツ・アシュハウで挙式。同い年。

 挙式後そのまま約40日間ヨーロッパ各地を新婚旅行でまわった。

   夫が監督した映画11本に出演(「秋津温泉」「エロス+虐殺」「『鏡の女たち」など)。


■岡田茉莉子

 

□エピソードなど

・高校卒業後、母親と叔父の勧めで東宝演技研究所に聴講生として無試験で入所(=51年)。

 入所2週間で成瀬巳喜男監督の映画「舞姫」の準主役に抜擢された。

・初出演映画のラッシュを初めて観た時に

 「私に似た誰かが変な声で演技をしている」と思った。

・新人の頃、生来の人見知りを隠して「アプレゲールの岡田茉莉子」を演じていた。

・東宝初のカラー映画「花の中の娘たち」の撮影中、

 長時間のライティングで脱水症状になって意識を失った。

 ※当時は綺麗な発色を得る為に強力なライティングが必要だった

・映画「芸者小夏」「浮雲」の入浴シーンが「全裸に見える」と話題になった

 (実際は肌色の水着を付けていた)。

・東宝を辞めてフリーになった約5ヵ月後に松竹と専属契約を結んだ。

・シングル「青ブクの唄」をリリース(=60年)。

・映画出演100本記念作品として映画「秋津温泉」をプロデュース(=62年)。

・映画「今年の恋」「霧子の運命」で第36回キネマ旬報賞主演女優賞を受賞(=62年)。

・1950年代から1960年代にかけて映画に多数出演。

・出演映画本数は180本以上。

・せっかちな性格。誰よりも早くスタジオに入る。

・2時間ドラマに多数出演。

・自伝「女優 岡田茉莉子」出版(=09年)。

岡田茉莉子(20代後半)
岡田茉莉子(20代後半)

凡例:20.01現在=2020年1月現在