安藤優子

安藤優子


■安藤優子(あんどう ゆうこ)

 

□肩書き

 キャスター

 

□本名

 安藤優子

 

□生年

 1958(昭和33)11.19(射手座/A型)

 

□出身地

 千葉県市川市→東京都

 

□出身校

 市川市立八幡小学校

   千代田区立九段中学校

 都立日比谷高校

 上智大学国際学部比較文化学科卒業

 

□略歴(満年齢)

 85年(27歳)テレビ「ニュースステーション」リポーター。

 00年(42歳)テレビ「FNNスーパーニュース」メインキャスター。

 15年(57歳)テレビ「直撃LIVEグッディ!」メインキャスター。

 ※他の主な出演:

  テレビ「TVスクープ」「FNNスーパータイム」「新報道プレミアA」

  

□趣味

 料理 テニス ゴルフ 水泳 スキー 

 

□特技

 英会話

 

□サイズ

 164.5㎝

■安藤優子

 

□幼少時代〜

・父親は会社経営者。父方の先祖は近江商人。

・兄と姉がいる。

・子供の頃から毎日日記をつけていた。

・子供の頃から一度言い出したら絶対に後にはひかない性格だった。

・両親は教育熱心だった。

 「泥棒に物はとられるけど教育はとられない」が口癖だった。

・家にたくさんあった本を手当たりしだいに読んだ。

・鰹節削りと煮干しのワタ取りをやり終えるまでは遊びに行かせて貰えなかったので、

 早く遊びに行く為にテキパキとやった。

・悪い事をすると平手打ちされてお仕置きとして家の外に放り出された。

 一晩犬小屋で寝た事があった。

・高校時代、交換留学生としてアメリカ・ミシガン州ハートランドに2年間留学。

 松島トモ子「ニューヨークひとりぽっち」を読んでアメリカの文化に憧れた。

 門から家まで数分かかる豪邸にホームステイ、

 毎週末に家中のベッド17台のシーツ替えを手伝った。

 茶髪、短パン、ビーサンで帰国して親に呆れられた。

・将来ホテルマンになりたいと思っていた。

 通っていた学校の隣に常にホテルがあった

 (中学校はグランドパレス、高校はキャピタルホテル、大学はニューオータニ)。

 アメリカの大学のホテル科に留学しようと思っていた。

・大学時代のアルバイト:

 エレベーターガール(渋谷パルコ)。

 カステラの街頭販売。

■安藤優子

 

□私生活

・好物…マトンカレー。スーラータン。

 静岡おでん。どじょう鍋。白身魚。あわび。数の子。

 竹の子。ごぼう。うど。

・嫌いな食べ物…ホヤ貝。

・得意料理…佃煮。

・自宅にぬか床がある(毎日かき回す)。

・料理が大好き。

 週に1回食材をまとめ買いして下ごしらえをする。

 時間がある時に野菜の千切りをする(千切りをすると気持ちが落ち着く)。

 料理本を眺めてはオリジナルレシピを考案。

 ほとんど外食しない。

・酒が好き。好きな酒はビール、日本酒、ワイン。

・健康法…バランスボール。散歩(毎朝)。スポーツジム。

 テニス。水泳(週2回)。

・35歳の頃、約1年間鬱状態。体重が8㎏減った。

 原因は「ニュースJAPAN」のキャスターをまかされたプレッシャーと離婚のショック。

 4人の親友(全員女性)が毎日交代で自宅に来て見守ってくれたのが心の支えになった。

・虫が苦手。

・睡眠時間は5時間程度。0:00頃就寝、5:00頃起床。

・ミステリー小説を愛読。

・好きな歌手…郷ひろみ。

・2つの事を同時にやるのが得意。

・靴が好き。多い時は年間25足購入。靴磨きも大好き。

・ペット可のワンフロアのマンションに住んでいる(=14.01現在)。

・ペット…

 犬(フレンチブルドック、8歳=14.01現在)。

 犬(フレンチブルドック、4歳=14.01現在)。

・犬が不調になるとカイロプラティックに連れて行く。

・クルマが好き。

・富士山が好き。富士山を見ると拝む。

・無地の紺のセーターなどシンプルな服が好き。柄物は嫌い。

・記念日が覚えられない。

・パーティーが苦手。

・ニュース番組を見ながら夫と論争する。


■安藤優子

 

□人間関係

・萬田久子…友人。一緒に郷ひろみのコンサートやディナーショーに行く。

・宮根誠司…友人。一緒に食事。

・久米宏、小宮悦子、小林一喜、安藤優子

 …「ニュースステーション」で「最強の4ショット」と呼ばれた。

・木村太郎…「ニュースJAPAN」で共演。

・木佐彩子…「スーパーニュース」で共演。

・柏宥次…広告代理店。89.12.23結婚、94年離婚。14歳年上。

・堤康一…フジテレビ報道局部長。06.12.26入籍。互いに再婚。

※「2回の結婚はいずれも不倫略奪婚」と報じられた


■安藤優子

 

□エピソードなど

・大学時代、F2(カーレース)のピットレポーターを務めた。

・大学2年の時、渋谷パルコでエレベーターガールとして外国人と英語で話していた所を

 テレビ朝日のディレクターにスカウトされ、報道局でリポーターとして働き始めた。

・働き始めた当時の報道局は完全な男の世界で女子大生に対する風当たりが強かった。

 あることないことでしかられて毎日トイレで泣いた。

・テレビ「今、世界は」の連帯発足当時のポーランドを取材(初の海外取材=81年)。

・1年間で150日以上海外取材(大学を1年間休学)。

・リポーターとして当時注目の的だった金丸信自民党幹事長のスクープインタビューに成功。

・「ニュースステーション」は最初の半年間は視聴率がひとけただったが、

 安藤のフィリピン革命のリポートで視聴率が跳ね上がった(ギャラクシー賞受賞)。

・記者クラブの暗黙のルールを無視していたので古参の政治部の記者に嫌われていた。

・28歳の時、ニュースキャスターになるには知識が足りない事を痛感、

 4本のレギュラーを全て降番して母校・上智大学の国際関係学部に学士入学。

 貯金で学費を払い、通訳のアルバイトで生活費を稼いだ。

・英語力を生かした海外取材の仕事が多い。

 サッチャー元英首相、シラク仏大統領、クリントン米大統領、ワレサ議長にインタビュー。

 カンボジア総選挙、北京国連女性会議を取材。

・いつでも現場に行けるようにバッグの中に常にパスポートと米ドルを所持。

・若いイケメン男性がゲストだと無意識に距離を詰めてしまう。

・高校時代留学体験を綴ったエッセイ集「あの娘は英語がしゃべれない!」出版。

凡例:20.01現在=2020年1月現在