伊東ゆかり

伊東ゆかり


■伊東ゆかり(いとう ゆかり)

 

□肩書き

 歌手 女優

 

□本名

 伊東信子

 

□生年

 1947(昭和22)04.06(牡羊座/AB型)

 

□出身地

 東京都品川区大井町

 

□出身校

 杉並区立高井戸第二小学校

 私立立正中学校

 関東学園女子高校

 

□略歴(満年齢)

 58年(11歳)「クワイ河マーチ」でレコードデビュー。

 63年(16歳)紅白歌合戦初出場(→71年まで連続出場)。

 67年(20歳)「小指の想い出」がヒット。

 ※他の主な出演など:

  舞台「リリー・マルレーン」

  映画「ハイハイ三人娘」「愛するあした」「僕達急行 A列車で行こう」

  テレビ「シャボン玉ホリデー」「サウンド・イン"S"」「徹子の部屋」

  ドラマ「もう一度春」「いつも心に太陽を」「ひらり」

  楽曲「恋する瞳」「恋のしずく」「知らなかったの」

 

□趣味

 テニス スキー

 

□資格・免許

 普通自動車免許

 

□特筆事項

・元夫は佐川満男


■伊東ゆかり

 

□幼少時代〜

・父親はバンドマン(ベース奏者)。

・弟がいる。

・父親の影響で子供の頃から洋学に親しんだ。

 父親にジャズを教えて貰った。

・5歳の時、母親が家を出てそのまま帰ってこなかった。

・6歳の頃から進駐軍のキャンプを廻って英語の歌を歌った。

 アメリカ兵がくれるチョコレートやコカコーラが楽しみだった。

・父親のレッスンの厳しさに歌うのが嫌いになった時期があった。

・よくディズニー映画を見た。

・小3の時、父親が再婚。

   義母に箸の持ち方を教わった(それまではスプーンとフォークで食事をしていた)。

・小学校時代、芸能活動で欠席する時は義母がかわりに授業を受けて後で教えてくれた。


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□私生活

・好物…エッグ・ベネディクト。はちみつ。デザートトマト。

・嫌いな食べ物…おから(子供の頃毎日食べさせられたから)。

・ワインが好き。

・健康法…アクアビクス(週に1回コーチとマンツーマンで30分)。

・股関節の手術を受けた(=16年頃)。

・好きなミュージシャン…ビング・クロスビー。ペリー・コモ。ペギー・リー。

・ペット…犬(名前はトム=20.11現在)。

・別荘がある所…北海道旭川市、箱根(=03.02現在)。

・テニススクールに通って基礎を身に付けた。

・ディズニーランドが大好き。

 年間パスポートを所有。長女と一緒に行く。

 世界各地のディズニーランドに行った。

 ジェットコースターが好き。

・パラグライダーをやった事がある。

・北海道旭川市に友人がたくさんいる。

 夏はテニス、冬はスキーで遊ぶ。

 旭川市の観光大使を務めた。

・メールが苦手。

・45年ぶりに実母と再会(=97年)。

・好きなタイプ…制服を着ている男性(初恋相手は電車の車掌だった)。


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□人間関係

・弘田三枝子…子供の頃に同時期に米軍キャンプを廻っていた。

 同い年(学年は弘田が1学年上)。

・梓みちよ、中尾ミエ…10代の頃に一緒に渡辺プロ社長の自宅で下宿。

・伊東ゆかり、中尾ミエ、園マリ

 …10代の頃にナベプロが「スパーク3人娘」として売り出し。

 映画「ハイハイ三人娘」で共演。

 40年ぶりに再結成してコンサートツアー(=05年)。

・中尾ミエ…親友。テニス仲間。毎年ジョイントコンサートを開催(=99年〜)。

・竹村健一…家族ぐるみのつきあい。一緒に旅行に行く。テニス&スキー仲間。

・野茂英雄…好きなプロ野球選手。ロスで試合を観た事がある。

・イチロー、松坂大輔、上原浩治…好きなプロ野球選手。

・石田ひかり…ドラマ「ひらり」で親子役で共演。

・コニー・フランシス…憧れの歌手。

・渡部せつ…衣装のデザイナー。旭川在住の友人。

 ※「情報ツウ」に出演(=03年)

・柴田勲…元プロ野球選手。テレビ番組での対談がきっかけで交際。

・佐川満男…俳優。71.07.06結婚、76年離婚。

 佐川はもともと伊東のファンだった。

・子供:

 長女…宙美(ひろみ)。73.04.02誕生。元ディズニーランド勤務。

 ※「情報ツウ」にVTR出演(=03年)


■伊東ゆかり

 

□エピソードなど

・中学時代、歌番組でツイストを踊ると学校の先生に叱られた。

 「あんな下品なダンスを踊るな」と言われた。

・10代の頃、ヒット曲にめぐまれず、「早く結婚して引退したい」と思っていた。

・10代の頃、嬉しくもないのに笑うのが苦手だった。

 取材を受ける時も無愛想。あだなは「ノースマイル」だった。

・イタリア・サンレモ音楽祭で2位(日本人として初出場=65年)。

・「小指の想い出」で歌謡曲に初挑戦、レコーディングはなんとかこなすが、どう歌えば

 良いか判らず、発売後しばらくは人前では歌わなかった。

・「小指の想い出」は鈴木淳(作曲家)が倍償千恵子のために書いた曲だった。

 ナベプロは当初園まりに歌わせるつもりだったのがなぜか伊東に廻ってきた。

・「小指の想い出」の♪あなたがかんだ小指が痛い…というフレーズが流行語になった。

・紅白歌合戦紅組司会(=69年)。

・渡辺プロダクションから独立(父親が伊東企画を設立=70年)。

・音楽番組「サウンド・インS」司会(=77年)。

・伊東企画の税金の未払い分の支払いの為に歌手活動を再開。

・喉を痛めて声が出なくなった時、歌手廃業を覚悟して新聞の求人欄を真剣に見てみた。

・コンサートで歌う曲のほとんどが洋学のスタンダードに日本語の訳詞をつけたもの。

・カバーアルバム「Touch Me Lightly」の1曲で長女とデュエット。

・ニューミュージックの名曲をカバーしたCDをリリース(=02年)。

凡例:20.01現在=2020年1月現在