中村正人

中村正人

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■中村正人(なかむら まさと)

□肩書き
 ミュージシャン 

 

□所属グループ

 DREAMS COME TRUE

□本名
 中村正人

□生年
 1958(昭和33)10.01(天秤座/A型)

□出身地
 東京都調布市→大阪府寝屋川市→千葉県市川市

□出身校
 同志社香里中学校→市川市立第一中学校

 千葉県立国府台高校
 青山学院大学文学部英米文学科中退

□略歴(満年齢)
 87年(29歳)DREAMS COME TRUEを結成。
 89年(31歳)シングル「あなたに会いたくて」でデビュー。 
   90年(32歳)シングル「笑顔の行方」がヒット。NHK紅白歌合戦に初出場。 
 ※DREAMS COME TRUEの他の主なシングル:
  「うれしはずかし朝帰り」「LOVE LOVE LOVE」「やさしいキスをして」

□趣味
 テレビゲーム パソコン 縫い物 編み物 絵画 サッカー観戦

■中村正人
   
□幼少時代〜
・父親が厳しかった。
・小児喘息で身体が弱かった。
・小1の時、関東から大阪府寝屋川市に引っ越した。いじめられて登校拒否になった。
・小4の時、リレーの選手に選ばれて気持ちが強くなり、いじめっ子に仕返しをした。
・中1の時、千葉県市川市に引っ越した。
・中学時代、音楽をやりはじめた。当初はフォークに熱中。
 ギターを教えてくれた大学生の影響でソウルミュージックに目覚めた。
 地元の音楽サークルでブラックミュージックのベースを弾いた。
・高校時代、文化祭の野外ステージを担当。
 ステージ設営から照明、音響まで一切を仕切った。
 準備中に野外ステージで校庭が使えなくて文句を言って来た運動部の生徒とケンカした。
・2浪して大学に進学。
・大学時代、オシャレなクラスメイトについていけずに疎外感を感じていた。
・大学時代、喫茶店とパブをかけもちでアルバイトをしていて殆ど講議を受けなかった。
 パブ「ガスコン」で客に合わせてレコードをかけるDJのような仕事をしていた。
 パブ「ガスコン」にはミュージシャン、モデル、スタイリストがよく遊びに来た。
・父親に「音楽をやりたい」と言うと勘当された。

■中村正人

 

□私生活
・好物…シリアル。レバ刺し。豆乳とあずきの葛ゼリー。マンゴープリン。韃靼そば茶。
・SF映画が大好き。
・好きな映画監督…黒沢明。
・観葉植物が大好き。
・マイケル・ジャクソン、プリンス、マドンナと同い年。
・母親と同居中(=04.02現在)。
・ひとり暮らしを始めた20歳の頃から25歳までは自称・人間の屑だった。
・気持的にいっぱいいっぱいになると人の話を聞かなくなる。
・25歳の誕生日の翌日に大学時代から交際して将来結婚するつもりだった彼女にフラれた。
 自分の事でいっぱいいっぱいで他の男が出来た事に全然気付かなかった。
・「あなたは性格が悪い」と言われてフラれた事が何度もある。


■中村正人

 

□人間関係

・東貴博…友人。ラジオ番組の企画で毎月一緒にLAに行った。

・坂本龍一…大学時代にアルバイトをしていた飲み屋に客として来ていた。

 ニューヨークで近所に住んでいた。

・桑田佳祐…大学の音楽サークルの先輩。

・吉田美和…DREAMS COME TRUEのメンバー。

・西川隆宏…DREAMS COME TRUEの元メンバー。02年脱退。

・宮崎あおい…DREAMS COME TRUEが製作した自主映画「アマレット」に出演。

・長澤まさみ…DREAMS COME TRUEのシングル「今日だけは」のPVに出演(=06年)。

・肥後克広(ダチョウ倶楽部)…中村のモノマネをする。

・倖田來未…DREAMS COME TRUEのファン。

   DREAMS COME TRUEを聞いて歌手を志した。

・岡本真夜…高1の時にDREAMS COME TRUEを聞いて歌手を志した。

・茂森あゆみ…DREAMS COME TRUEのファン。

・ともさかりえ…DREAMS COME TRUEのファン。カラオケで歌う。コンサートに来る。

・中山エミリ…DREAMS COME TRUEのファン。カラオケで歌う。

・加藤あい…DREAMS COME TRUE「未来予想図」がカラオケの十八番。

・川淵三郎、吉沢悠、aiko、酒井美紀、佐藤仁美、山田花子

 …DREAMS COME TRUEのファン。

・麻紀(元歌手)…08.06.22入籍。29歳年下。

■中村正人

 

□DREAMS COME TRUEのエピソードなど

・当初はCHA-CHA&AUDREY's Projectの名前で活動。

・CHA-CHA&AUDREY's Project時代は中村も歌っていた。

・CHA-CHA&AUDREY's Project時代は売れなかった。

 ライブで観客が数人しかいなかった事があった。

 持参したデモテープを目の前で捨てられた事があった。。

・クラッシュギャルズ、とんねるず、小泉今日子、中山美穂のバックバンドをしていた。

・吉田が住んでいたアパートの立ち退き料でDREAMS COME TRUEのデモテープを作った。

 中村が交渉して立ち退き料を150万円までつりあげた。

・「デキている」と思われるのが嫌だったので3人目のメンバー(西川)を入れた。

・デビュー当時、給料は3人で10万円でそのうち7万円が中村の取り分だった

 (デビューまでスタジオ代などを全て中村が出していた為)。

・5thアルバム「The Swinging Star」が日本初の300万枚をセールス(=92年)。

・レコーディング中にケンカして解散寸前になって西川が仲裁した事がある。

・全発表曲から投票などで選ばれた曲を披露する公演を4年に1回開催。

 ※史上最強の移動遊園地ドリカムワンダーランド

・インディーズレーベル「DCT Records」を設立。

・アメリカに進出してニューヨークを拠点に活動(=97年〜03年頃)。

・短編映画「アマレット」を自主制作(1日1〜2時間睡眠で約2週間で撮った=04年)。 

・些細な事ですぐにケンカする。

・吉田が高校時代に作って卒業式で歌った曲「GOOD BYE MY SCHOOL DAYS」を

 シングルリリース(=09年)。

 

□エピソードなど

・20歳から25歳までひたすらレコードを集めて音楽の幅を広げる事に熱中していた。

・アルバイトをしていたパブ「ガスコン」で業界人の客に渡したデモテープが

 音楽の仕事を始めるきっかけになった。

・吉田美和に出会った時に「僕がやるべき仕事は吉田の音楽を世に伝える事だ」と思った。

・DREAMS COME TRUEのリーダー。

・マネージメントオフィスとインディーズレーベル「DCT Records」を主宰。

凡例:17.01現在=2017年1月現在

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