あべ静江

あべ静江


■あべ静江(あべ しずえ)

 

□肩書き

 歌手 女優

 

□本名

 阿部静江

 

□生年

 1951(昭和26)11.28(射手座/A型)

 

□出身地

 三重県松阪市

 

□出身校

 県立松坂工業高校定時制→高田高校

 東海学園女子短期大学国文学科卒業

 

□略歴(満年齢)

 73年(22歳)シングル「みずいろの手紙」がヒット。

 74年(23歳)NHK紅白歌合戦に初出場。

 75年(24歳)映画「トラック野郎 爆走一番星」に出演。

 ※他の主な出演:

  舞台 「のど自慢」

  映画 「思えば遠くへ来たもんだ」「極道渡世の素敵な面々」

  ドラマ「青春ド真中!」「ザ・ハングマン」「八代将軍吉宗」

  テレビ「笑っていいとも!」「あべ一座」

  CM 「エバラ食品 浅漬けの素」「武田薬品 新タケダ胃腸薬」

 

□趣味

 テレビゲーム ビーズストラップ作り 家庭雑貨収集 スポーツ観戦 植木いじり 

 カラオケ 釣り ゴルフ

 

□サイズ

 158㎝


■あべ静江


□幼少時代〜

・生家は伊勢神宮の参道沿いの商店街の小間物屋。

 大正元年創業で羽織紐、帯揚げ、帯締めなどの和装小物、化粧品などを扱っていた。

・父親はラジオ三重の専属ミュージシャン。

 バイオリン、ピアノ、ギター、アコーディオンなどを演奏出来た。

・母親は東海ラジオの専属歌手。

 NHKののど自慢大会で優勝してデビューする筈だったがあべ静江をみごもったので断念した。

・両親は結婚を反対されて駆け落ちした。

・12歳年下の弟がいる。

・幼稚園で覚えた歌を家で歌うと両親にダメ出しをされた。

・体が弱く病気がちでおとなしい子供だった。

・小3の時、書道と絵のコンクールで受賞して自信がついて積極的になった。

・小4の時、担任の勧めで出場した子供音楽会で3位入賞(1位と2位は器楽演奏だったので歌の1位)。

・定時制高校を1年で中退して普通高校に再入学。

・普通高校時代、弁論部。

・高3の時、生徒会副会長を務めた。

・高校時代、成績優秀だった。

・高校時代、嫌いな先生の科目は一切勉強せず提出物も出さなかった。

・高校時代、髪が天然パーマで茶色がかっていたので、

 学校側と話し会って「天パと赤毛の証明書」を発行させた。

・高校時代、ボーイフレンドがたくさんいた(ひとりに絞れなかった)。

・短大時代、クラスメイトを扇動して講義でボイコットして生物の老講師を退任に追い込んだ。

 高齢で話す声が聞き取れず、古いノートをただ板書するだけの講師だった。


■あべ静江


□私生活

・好物…ビーフステーキ(朝食に食べる事もある)。

・料理が好き。

・酒が好き。酒豪。ワインを2本あける事がある。

・オリジナルブレンドのお茶で花粉症をほぼ克服した。

・胃腸が丈夫。二日酔いにならない。

 ロケ弁にあたって他の人が軽い食中毒になった時に自分だけ平気だった。

・風邪をひくと体重が増える。

・電子機器が大好き。「名刺読み取り機」で数時間遊んだ事がある。

・ペット…猫(18歳=00.06現在)。

・住んでいる所…東京都渋谷区(渋谷界隈に25年以上住んでいる=00.11現在)。

・いきつけ…

 ふぐ料理「とく山」(西麻布)。

 ブティック「アンクラブ」(渋谷)。

 パルコ渋谷店。

・座右の銘…「寄生虫になるな!」。

・好きなタイプ…あぶないタイプの男性。

・もし結婚するとしても同居はしたくない。

・若い頃から年下の男性が好き。

・外国人男性からプロポーズされた事が何度もある。


■あべ静江

 

□人間関係

・内藤やす子…友人。一緒に食事する。

・大場久美子、沢田亜矢子、林寛子…友人。

 ユニット・女盛りゲザデレタとしてしてシングル「Animal Blood」をリリース(=00年)。

・木村祐一…友人。

・今陽子…友人。同い年。コンサートで共演。

・浅田美代子、アグネス・チャン、安西マリア、石川さゆり、桜田淳子、夏木マリ、

 八代亜紀、山口百恵…デビュー同期生。

・木根尚登…女盛りゲサデレタをプロデュース。

・阿部サダヲ、阿部力、阿部寛、阿部義晴(ユニコーン)…バラエティ「あべ一座」で共演。

・浜田剛史…元プロボクサー。学生時代からあべの大ファン。

・滝沢秀明…憧れている芸能人。

・志茂田景樹…飲み友達。交際を噂された(=96年)。

 

□エピソードなど

・3歳の頃から母親の営業に同行して少女歌手として人前で歌っていた。

・小学校時代から東海テレビのドラマに子役として出演。

 当時は生放送だったので出演中は1週間連続で学校を休まなくてはならなかった。

   友達と疎遠になるのが嫌だったので中2でやめた。

・短大入学と同時に東海タレントセンターに入った。

・東海ラジオとFM愛知でDJを務めた。

・シングル「コーヒーショップで」で歌手デビュー(=73年)。

・デビュー当時のキャッチフレーズは「天は二物を与えた」。

・「奥村チヨは中年殺し、天地真理は小学生殺し、あべ静江は皆殺し」と称された。

・歌手の仕事には興味がなかった(2年間だけの約束でデビューした)。

・歌手デビュー後、DJと歌手としてのキャンペーンをかけもち、

 忙しさに嫌気がさしてDJは半年で辞めた。

・「みずいろの手紙」はレコーディング当時は歌詞の内容が気に入らなかった。

・ヒット曲「みずいろの手紙」の前奏部分の台詞が話題になった。

・アイドル歌手時代、寝る暇もない忙しさで49㎏あった体重があっという間に35㎏に減った。

 エレベーターの中で寝てしまった事があった。

・アイドル歌手時代、スタッフに「イメージが壊れるから喋るな」と言われた。

・愛称…しーちゃん。

・ハスキーな声に憧れて喉を酷使してタバコを吸ってみた事がある。

・斉藤由貴、YUKI(元JUDY AND MARY)のモノマネができる。

・初エッセイ集「あら、やせちゃった」を上梓(マガジンハウス=01年)。

・日本歌手協会理事を務めた。

・松阪牛観光大使を務めた。

・普段持ち歩く荷物が多い。