2016年

1月

01日

坂東玉三郎(5代目)

2016/01/01更新

■坂東玉三郎(ばんどう たまさぶろう)(5代目)

 

□肩書き

 歌舞伎俳優

 

□本名(旧姓)

 楡原伸一

 

□生年

 1950(昭和25)04.25(牡牛座/B型)

 

□出身地

 東京都

 

□出身校

 巣鴨小学校 聖学院高校

 

□略歴(満年齢)

 57年(07歳)東横ホール「寺小屋」で初舞台。

 64年(14歳)5代目坂東玉三郎を襲名。

 91年(41歳)映画「外科室」を監督(初監督作品)。

 ※他の主な出演:

  舞台 「マクベス」「オセロ」「黒蜥蜴」

  映画 「夜叉ヶ池」「帝都物語」「夢二」

  テレビ「誰だって波瀾爆笑」

 

□趣味

 音楽観賞 映画観賞 オペラ鑑賞 バレエ鑑賞 陶芸 水泳 素潜り スキューバダイビング

 

□サイズ

 173㎝

 

□特記事項

・人間国宝

有名人データベース PASONICA JPN

■坂東玉三郎


□幼少時代〜

・実家は代々料亭(東京・大塚)。

・両親はお互い子連れの再婚だった。

・年齢が離れた兄が4人いる。

・1歳の時、小児麻痺を患った。右足アキレス腱に麻痺が残った。

・3歳の頃、毎朝邦楽のレコードで起きて、母親の羽織や風呂敷を巻いて踊った。

 起きる時間に父親が邦楽のレコードをかけてくれた。

・家に出入りする芸者が身に付けている着物や帽子を親にねだった。

・4〜5歳の頃から歌舞伎座に通った。

・近所の子供とままごとをする時は自ら進んでお母さん役をやった。

・男の子から「女、女」とからかわれても平気だった。

・男女に分けられるのが嫌で1日で幼稚園をやめた。

・習いごと…日舞(5歳〜)。琴。

 ※小児麻痺後遺症のリハビリとして日舞をはじめたらしい

・毎年、夏休みと冬休みを真鶴の兄の所で過ごした。

 3番目の兄と4番目の兄が真鶴でダイビングセンターを経営していた。

・宇宙飛行士になりたかった。

・体育の授業をよくさぼった。

・国語と社会は苦手だった。

・右足アキレス腱の手術を2回受けた(15歳、20歳)。

有名人データベース PASONICA JPN

■坂東玉三郎

 

□私生活

・好物…ヒレステーキ(毎朝150グラム食べる)。抹茶(毎朝飲む)。

・20年間肉を食べずに野菜中心の食生活を送っていた。

・酒を飲まない。

・美容法…麹パック。椿油。

・健康法…ストレッチ。ウォーキング。

・心身症を患った事がある。

・55歳の頃から60歳頃まで原因不明の不定愁訴に悩まされた。

 検査をしても異常は見つからなかった。

・左利き。

・昼寝が好き。

・女形を演じる為に上半身には筋肉をつけないようにしている。

・女性っぽい仕種が無意識に出てしまう。

・様々なジャンルの音楽を聴く。

・好きな映画…「ギルバート・グレイプ」。

・舞台に立つ事がストレス解消法。

・大阪に定宿にしているホテルがある(スイートルームに滞在)。

・いきつけ…日本料理「高台寺和久傳」(京都)。

・ディズニーランドが大好き。世界各地のディズニーランドに行った事がある。

・佐渡や山鹿の田舎で芝居をする時は部屋に籠って新聞やテレビを見ないで過ごす。

・海外で舞台を観るのが大好き。1日2本観る事がある。

・海が大好き。毎年どこかの海に行く。

・45歳までは殆ど休みを取らなかった。

・50歳でスキューバダイビングを始めた。素潜りが好き。

 ダイビング中にマンタやサメに遭遇した事がある。

・海に行く前に日焼けサロンでベースを作っておく。その方がシミにならない。

・パラセーリングをやった事がある。

・カラオケの十八番…玉置浩二。

 

*凡例:15.01現在=2015年1月現在